Dysphagia Knowledge Hub — 吞嚥困難知識庫
介護施設における嚥下困難ケアプロトコル:スタッフ教育から記録まで
嚥下困難(嚥下障害)は介護施設入居者の30〜50%に存在するとされ、誤嚥性肺炎や低栄養の主要リスク因子です。施設全体で統一されたプロトコルを整備することで、インシデント防止・スタッフの判断支援・記録の標準化を同時に達成できます。
1. 入居時嚥下スクリーニング手順
入居から48時間以内に以下の2段階評価を実施します。
第1段階:問診・観察
- 食事中のむせ・咳込みの頻度
- 食事に要する時間(通常の1.5倍超で要注意)
- 体重減少(3か月で3%以上)
- 繰り返す発熱・肺炎歴
第2段階:EAT-10スコアリング
EAT-10は10項目・各0〜4点の自記式スクリーニングツールです。
| 合計スコア | 判定 | 対応 |
|---|---|---|
| 0〜2点 | 正常範囲 | 3か月ごと再評価 |
| 3〜7点 | 軽度リスク | 食事観察強化・栄養士連携 |
| 8点以上 | 高リスク | SLP紹介・精密評価 |
認知症等でEAT-10が実施困難な場合は「食事場面観察法(MSSA)」を代替使用します。
2. SLP依頼基準
以下の1項目以上に該当する場合、速やかに言語聴覚士(SLP)へ依頼します。
- EAT-10スコア8点以上
- 食事中・食後の湿性嗄声
- 繰り返す誤嚥性肺炎(年2回以上)
- 体重が6か月で5%超の減少
- 食形態変更でも症状改善なし
- 経管栄養から経口移行を検討する場合
施設内にSLPが在籍しない場合は、協定病院・訪問リハ事業所または老健施設の外来リハを利用します。
3. スタッフ研修の三本柱
IDDSI食形態研修
- 7段階分類(レベル0〜7)を全スタッフが識別できること
- フォーク圧テスト・シリンジ流量テストの実技演習(年2回)
食事介助技術
- 適切な座位姿勢(90/90/90原則)
- スプーンサイズ・一口量・提供ペース
- 嚥下確認(空嚥下の促し)
誤嚥アラート対応
- 誤嚥が疑われる場面での即時対応フロー(ハイムリック法 vs 背部叩打法の判断)
- 隠れ誤嚥(サイレントアスピレーション)の観察サイン
4. ケアプラン記録テンプレート
【嚥下機能評価】記録日:___ 評価者:___
EAT-10スコア:___点 / 観察法:___
食形態(IDDSI):固形__ 液体__
SLP評価:有 / 無(予定日:___)
特記事項:______________________
【食事観察チェックリスト】(毎食)
□ 30分以内に完食 □ むせなし □ 完食率___%
□ 食後の声変化なし □ 姿勢保持良好
□ 食後30分座位保持 □ 口腔ケア実施
5. 食事観察チェックリスト(スタッフ用)
| 観察項目 | 良好 | 要注意 | 要SLP報告 |
|---|---|---|---|
| むせ・咳 | なし | 軽度(週3回未満) | 頻回・毎食 |
| 完食率 | 75%以上 | 50〜74% | 50%未満 |
| 食事時間 | 30分以内 | 30〜45分 | 45分超 |
| 食後声質 | 変化なし | やや湿性 | 明確な湿性嗄声 |
| 体温(翌朝) | 37.0℃未満 | 37.0〜37.4℃ | 37.5℃以上 |
6. 施設内SLP vs 外来SLP連携
| 項目 | 施設内SLP | 外来SLP連携 |
|---|---|---|
| 評価頻度 | 毎月〜四半期 | 不定期(依頼時) |
| 食事観察 | 日常的に可能 | 来訪時のみ |
| スタッフ指導 | 即時対応 | 事前調整が必要 |
| 費用 | 施設負担(加算) | 医療保険適用 |
7. 日本の制度的根拠
介護保険施設基準と関連加算
- 口腔衛生管理加算(Ⅱ):歯科衛生士が月2回以上実施し、嚥下機能管理を含む場合に算定可
- 栄養マネジメント強化加算:管理栄養士が嚥下食提供を含む栄養管理計画を作成した場合
- 口腔機能向上加算:STまたは歯科衛生士による嚥下訓練を含む口腔機能向上プログラム実施時
施設種別の適用
| 施設種別 | 主な対応 |
|---|---|
| 特別養護老人ホーム(特養) | 施設内SLP配置が少ないため外来SLP連携が中心 |
| 介護老人保健施設(老健) | 施設内STが必須配置。リハビリテーション計画に嚥下訓練を明記 |
| グループホーム | SLP配置義務なし。協力医療機関との嚥下評価体制構築が必要 |
まとめ
嚥下困難ケアの施設プロトコルは「スクリーニング→専門評価→介入→記録→再評価」のサイクルを組織として回す仕組みが核心です。スタッフ全員がEAT-10の意味とIDDSI食形態を理解し、観察した変化を即座に記録・共有できる体制が、誤嚥性肺炎の予防と入居者の食の質の向上に直結します。