Dysphagia Knowledge Hub — 吞嚥困難知識庫

頭頸部がんと嚥下障害:治療前後のリハビリテーションと栄養管理

はじめに

頭頸部がんは、口腔・咽頭・喉頭・鼻腔・唾液腺・甲状腺など、飲食・発声に直接関わる解剖学的領域に発生する悪性腫瘍の総称である。日本における頭頸部がんの罹患数は年間約3万人と推計されており、そのうち咽頭がん・喉頭がん・口腔がんが大多数を占める(国立がん研究センターがん情報サービス、2023年)。

頭頸部がんの最大の臨床的課題のひとつが嚥下障害(えんげしょうがい)である。腫瘍そのものが嚥下関連構造を圧排・浸潤するだけでなく、根治を目指した手術・放射線療法・化学療法(あるいはその組み合わせ)が嚥下機能に多大な影響を及ぼす。治療後の嚥下障害は、誤嚥性肺炎・栄養不良・脱水・治療継続困難・QOL(生活の質)の著しい低下を招く。

「頭頸部癌診療ガイドライン2022年版」(日本頭頸部癌学会)は、治療計画の段階から嚥下機能評価と多職種チームアプローチを組み込むことを推奨しており、近年はプレハビリテーション(治療前リハビリ)の概念が急速に普及している。本稿では、頭頸部がん治療に伴う嚥下障害の発生メカニズムから、治療モダリティ別の影響、プレハビリテーション、治療後リハビリテーション、栄養管理まで、実臨床で活用できる知識を体系的に提供する。


頭頸部がんが嚥下に影響するメカニズム

嚥下に関わる解剖構造と腫瘍の関係

正常な嚥下は、口唇・舌・軟口蓋・咽頭収縮筋・喉頭蓋・声門・食道上括約筋(UES)が協調して機能する精密な神経筋運動である。頭頸部がんはこれらの構造のいずれにも発生しうるため、発症部位によって障害される嚥下フェーズと症状が異なる。


治療モダリティ別の嚥下障害

比較表:治療法と嚥下への影響

治療法 主な嚥下障害の種類 発症時期 重篤度の目安
外科手術(舌・口底切除) 口腔期障害、食塊形成不全、構音障害 術後即時 切除範囲に依存(中〜高)
外科手術(喉頭全摘術) 喉頭機能消失→食道発声・代替音声が必要。嚥下路は温存されるが感覚変化 術後即時 嚥下そのものはむしろ改善しうる
外科手術(咽頭切除・再建) 咽頭収縮力低下、UES開大不全、狭窄 術後即時〜数か月 高(再建形態に依存)
放射線療法(単独) 粘膜炎、口腔乾燥、線維化、筋萎縮、晩期狭窄 急性期:治療中〜直後 / 晩期:6か月〜数年 急性期:中 / 晩期:高
化学放射線療法(CRT) 放射線単独より重篤。嚥下筋萎縮・線維化が加速 急性期:治療中〜直後 / 晩期:1〜5年以上 急性期:高 / 晩期:非常に高
化学療法(単独) 粘膜炎、悪心・嘔吐、末梢神経障害による感覚変化 治療中〜直後 低〜中(単独では比較的軽度)
免疫チェックポイント阻害薬 irAEとしての食道炎・咽頭炎(まれ) 投与後数週〜数か月 低〜中(頻度は少ない)

手術による嚥下障害

頭頸部がん手術後の嚥下障害の程度は、切除範囲・再建方法・神経保存の可否によって大きく異なる。

舌・口底の切除では、舌体積の喪失と感覚障害が食塊形成・移送を困難にする。舌の1/3以下の切除では術後の機能回復が見込めるが、1/2以上の広範切除では永続的な嚥下障害が残存しやすい。遊離皮弁による再建は容積を補うが、再建組織は感覚・運動機能を持たないため、機能的代償には言語聴覚士(ST)による集中的なリハビリが不可欠である。

咽頭切除・喉頭温存手術(喉頭亜全摘・部分切除)では、喉頭閉鎖が不完全となり術後誤嚥リスクが高まる。特に声門上喉頭切除術後は、患者が「スーパー声門越し嚥下(Supraglottic Swallow)」を習得することが誤嚥防止の鍵となる。

喉頭全摘術は気管を頸部に永久気管孔として外出しするため、気道と消化管が完全に分離される。逆説的に嚥下時の誤嚥は原理的に起こらないが、下咽頭・食道の感覚変化・狭窄・UES開大不全による食塊通過障害が問題となる。術後の定期的なブジー拡張や音声リハビリ(食道発声・電気喉頭)も併行して行われる。

放射線療法・化学放射線療法による嚥下障害

放射線療法は中咽頭がん・下咽頭がん・喉頭がんに対して喉頭温存・機能保存を目的として広く用いられるが、嚥下関連組織への照射が避けられず、急性期・晩期の両面で嚥下障害を引き起こす。

急性期(治療中〜終了後3か月以内)に生じる主な問題:

晩期(治療後6か月以降〜数年)に生じる主な問題:

化学放射線療法(Concurrent CRT)は、放射線単独と比較して局所制御率が向上する一方、嚥下障害の発生率・重篤度がいずれも有意に増大することが複数のコホート研究で示されている。Eisbruchらの報告(2002)では、化学放射線療法後の約50%に客観的な嚥下機能低下が認められたと報告している。


プレハビリテーション:治療前から始めるリハビリ

プレハビリテーションの概念と意義

プレハビリテーション(prehabilitation)とは、がん治療開始前の時期に、患者の身体的・機能的予備力を最大化することで、治療中・治療後の機能低下を最小限に抑えようとする予防的介入戦略である。頭頸部がんにおける嚥下プレハビリテーションは、治療によって生じる嚥下機能低下の深刻さを軽減し、胃瘻依存期間の短縮・入院期間の短縮・QOL維持に貢献することが期待される。

日本頭頸部癌学会「頭頸部癌診療ガイドライン2022年版」は、放射線療法・化学放射線療法を予定している患者に対して、治療開始前からの嚥下評価と機能訓練の開始を推奨している。

プレハビリテーションの具体的内容

治療前に言語聴覚士が行う初回評価では、嚥下造影(VF)または嚥下内視鏡(VE)による基準値の記録と、患者の機能的予備力のアセスメントを行う。これにより治療後の変化を客観的に比較できる。

治療前に実施する嚥下筋強化訓練

患者教育も重要なプレハビリテーションの一部であり、治療中の経口摂取継続の重要性・適切なとろみの使い方・栄養補助食品の活用方法などを、治療開始前に十分に説明しておくことが継続的なリハビリへのアドヒアランスを高める。


治療後のリハビリテーション戦略

多職種チームによる包括的アプローチ

頭頸部がん後の嚥下リハビリは、言語聴覚士(ST)・管理栄養士・耳鼻咽喉科医・腫瘍内科医・歯科医師・看護師・ソーシャルワーカーによる多職種チームが連携して取り組む必要がある。日本では「頭頸部がん相談支援センター」や「緩和ケアチーム」との連携も推奨されている。

機能的嚥下訓練(治療後急性期〜回復期)

補償的手技の指導

筋力・可動域の回復訓練

胃瘻管理と段階的離脱

放射線・化学放射線療法を受けた患者の一部は、治療中または治療後に経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)を必要とする。ただし、胃瘻を造設した後も嚥下練習(経口練習)を並行して継続することが晩期嚥下障害の発生予防に不可欠である。嚥下筋を全く使わない期間が長くなるほど廃用性萎縮が進行するからである。

胃瘻離脱の判断は、VEまたはVFによる客観的嚥下機能評価に基づき、STと主治医・管理栄養士が協議して行う。段階的な経口摂取量の増加と並行して経管栄養量を漸減し、必要な栄養量の80〜100%が経口で充足できた時点で胃瘻抜去を検討する。


栄養管理

頭頸部がん患者における栄養不良のリスク

頭頸部がん患者の40〜80%が治療前から何らかの栄養不良状態にあると報告されており(van den Berg et al., 2006)、治療によってさらに悪化するリスクが高い。低栄養は免疫機能低下・治療毒性増大・治療中断・感染症リスク上昇・創傷治癒遅延と直結する。

栄養スクリーニングと評価

治療開始前にMUST(Malnutrition Universal Screening Tool)またはNRS-2002を用いた栄養スクリーニングを実施し、リスクが確認された患者には管理栄養士による詳細な栄養評価と介入計画を立案する。体重・BMI・食事摂取量・握力(筋肉量の代替指標)を定期的に追跡する。

治療中の栄養サポート戦略


まとめ

  1. 頭頸部がんの治療は嚥下機能に多大な影響を及ぼす。手術は切除範囲・再建方法に依存した即時的障害を、放射線・化学放射線療法は急性期粘膜炎から晩期の筋線維化・廃用性萎縮まで幅広い障害を引き起こす。化学放射線療法後の晩期嚥下障害は特に重篤で、患者の長期QOLを大きく損なう。

  2. プレハビリテーションは治療前から始める投資である。Shaker Exercise・開口訓練・舌圧強化・努力嚥下練習を治療開始前から導入することで、治療後の機能低下幅を縮小し、胃瘻依存期間の短縮・QOL維持に貢献する。日本頭頸部癌学会ガイドライン2022年版はこの介入を推奨している。

  3. 「使わなければ失う」原則は嚥下筋にも当てはまる。胃瘻管理中であっても経口練習を継続し、嚥下筋の廃用性萎縮(Dysphagia Lurking)を予防することが晩期障害の発生抑制に不可欠である。

  4. 多職種チームによる一貫したサポートが回復の鍵である。ST・管理栄養士・耳鼻咽喉科医・腫瘍内科医・看護師・歯科医師が連携し、治療前〜治療中〜治療後〜在宅移行まで途切れない介入を提供することが、患者の嚥下機能と栄養状態を最大限に守る。

  5. 嚥下機能評価(VF・VE)の定期的実施が治療効果の判定と食形態調整の根拠となる。特に放射線・化学放射線療法後の患者は、症状がなくても不顕性誤嚥(silent aspiration)が生じている場合があるため、定期的な機器評価が誤嚥性肺炎の予防につながる。


参考資料