Dysphagia Knowledge Hub — 吞嚥困難知識庫

認知症と嚥下障害:早期発見からケアの実践まで

はじめに

認知症は、日本国内の患者数が2025年時点で約700万人を超えると推計される国民的疾患である。認知症が進行するにつれて、食事に関わるあらゆる段階——食物の認識、摂食動作、咀嚼、そして嚥下——が複合的に障害される。これを摂食嚥下障害(せっしょくえんげしょうがい)と呼び、認知症患者の誤嚥性肺炎・低栄養・脱水の主要な原因となる。

日本嚥下リハビリテーション学会(JSDR)の指針、農林水産省が推進するユニバーサルデザインフード(UDF)規格、そして嚥下調整食学会分類2021(以下「学会分類2021」)と国際標準IDDSIフレームワークの整合的な活用は、認知症患者のQOL(生活の質)を守るうえで不可欠な基盤となっている。本稿では、認知症のタイプ別嚥下障害の特徴から、実践的なケアの方法、そして終末期における経管栄養の判断まで、体系的に解説する。


認知症における摂食嚥下障害の病態

嚥下の5期モデルと認知症での障害部位

嚥下は一般に「先行期・準備期・口腔期・咽頭期・食道期」の5段階に分けて理解される。認知症患者では、この全段階にわたって障害が生じうるが、とりわけ先行期(食物を目で認識し、食行動を開始する段階)への影響が特徴的である。

認知症に特有なのは、身体的な嚥下機能の低下に加えて、認知・行動・心理症状(BPSD)が食事場面を複雑化させることである。食事拒否、口への取り込み拒否(口唇・歯肉での停止)、口腔内溜め込み、そして食物以外のものを口に入れる異食行動なども摂食嚥下障害の範疇として評価・対応が求められる。


認知症タイプ別の嚥下障害パターン

認知症の原因疾患によって、嚥下障害の発現時期・部位・重症度は大きく異なる。以下に主要4タイプの特徴を示す。

アルツハイマー型認知症(AD)

最多タイプであるADでは、初期には嚥下機能そのものは比較的保たれており、問題は主に先行期・準備期に現れる。食物認識の障害、食事動作の遂行機能低下(プラクシー障害)が目立つ。疾患が中等度〜重度に進行すると、咽頭期の嚥下反射遅延が加わり、誤嚥リスクが顕著に上昇する。

末期では嚥下反射そのものが著しく低下し、不顕性誤嚥が常態化する。この段階では食事のたびに経口摂取の安全性を慎重に評価することが必要となる。

血管性認知症(VaD)

脳卒中(梗塞・出血)の病変部位によって嚥下障害のパターンは多様である。延髄梗塞(Wallenberg症候群)では発症直後から重篤な咽頭麻痺を呈し、誤嚥リスクが極めて高い。両側性大脳半球病変では偽性球麻痺を生じ、嚥下反射の遅延・喉頭挙上不全・咽頭収縮力低下が複合する。

VaDの特徴は、病変の追加(再発)によって嚥下機能が段階的に悪化する点である。安定期には機能がある程度保たれるが、再発を契機に急激に悪化することがあるため、定期的なスクリーニングが特に重要となる。

レビー小体型認知症(DLB)

DLBは、自律神経障害・パーキンソン症状・変動する認知機能を主徴とし、嚥下障害は中期以降から顕在化することが多い。ドーパミン系の障害により、嚥下関連筋群の協調運動が障害される。特徴的なのは、食道蠕動障害と起立性低血圧に伴う食事中の覚醒変動であり、食事の途中で意識が急に遠のく(fluctuation)場面での誤嚥が問題となる。

また、DLBは抗精神病薬への過敏性が高く、BPSDに対する薬物療法が嚥下機能をさらに悪化させるリスクがある。処方の際には嚥下への影響を多職種で検討することが求められる。

前頭側頭型認知症(FTD)

FTDでは、前頭葉・側頭葉の萎縮により、食行動の制御障害が初期から目立つ。大量に口に詰め込む(過食・詰め込み食べ)、食事ペースが速い、異食などが見られる。これにより窒息リスクが高まる一方、嚥下機能そのものは比較的長期にわたって保たれる場合がある。食事環境の整備(一口量の制限、食器の工夫、見守りの強化)が先行期対策の中心となる。


認知症タイプ別 嚥下障害の特徴比較

認知症タイプ 主な障害期 発現時期 特徴的な症状 特記事項
アルツハイマー型(AD) 先行期→咽頭期(後期) 中期〜後期 食物認識困難、嚥下反射遅延 末期に不顕性誤嚥が常態化
血管性(VaD) 咽頭期・口腔期 発症直後から(部位依存) 咽頭麻痺、偽性球麻痺 再発により段階的に悪化
レビー小体型(DLB) 食道期・咽頭期 中期以降 食道蠕動障害、覚醒変動中の誤嚥 抗精神病薬への過敏性
前頭側頭型(FTD) 先行期・準備期 初期から 詰め込み食べ、異食、過食 窒息リスクに注意

嚥下障害の評価方法

スクリーニングテスト

認知症患者への嚥下スクリーニングは、認知機能・協力性・覚醒レベルを考慮したうえで実施する。JSDR推奨の主要スクリーニングツールを以下に示す。

認知症患者では指示理解が困難なため、スクリーニングの結果だけでなく、実際の食事場面の観察(ミールラウンド)と組み合わせた評価が不可欠である。

精密検査

スクリーニングで問題が疑われた場合や、食事形態の大幅変更を要する場合には精密検査を行う。


食事形態の調整:学会分類2021とIDDSIの実践

嚥下調整食学会分類2021(JSDR)とIDDSIの対応

認知症患者の食事形態は、嚥下機能評価の結果に基づき、学会分類2021に従って段階的に選択する。同時に、国際的なIDDSIフレームワークとの整合により、施設間・国際間での情報共有が可能となる。

学会分類2021コード 形態の目安 IDDSIレベル 認知症への適応場面
コード0t 薄いとろみ液体 IDDSI 1(Slightly Thick) 水分誤嚥リスクが低い初期
コード0j 均質ゼリー状飲料 IDDSI 3(Liquidised) 口腔準備期障害があるが咽頭機能は保持
コード1j 均質ゼリー・プリン状 IDDSI 3〜4 咽頭期の嚥下反射が軽度遅延
コード2-1 均質ピューレ・ムース状 IDDSI 4(Pureed) 咀嚼機能低下+嚥下反射遅延が中等度
コード2-2 やや不均質なピューレ状 IDDSI 4〜5 咀嚼はわずかに残存、認識・注意は保持
コード3 押しつぶせる軟菜 IDDSI 5(Minced & Moist) 中等度AD・FTDで咀嚼機能ある程度保持
コード4 容易に噛める軟菜 IDDSI 6(Soft & Bite-Sized) 軽度認知症・早期VaDで身体機能は良好

とろみ付与の判断

液体の流速を下げ、咽頭通過時間を延長させるとろみ付与は、嚥下反射遅延に対する最も基本的な介入である。学会分類2021とIDDSIはいずれも「薄いとろみ・中間のとろみ・濃いとろみ」の3段階を規定している。認知症患者では過度に濃いとろみは飲水量の低下による脱水リスクを高めるため、嚥下機能に見合った最低限の濃度を選択することが原則である。

ユニバーサルデザインフード(UDF)の活用

農林水産省が推進するUDF規格(区分1〜4)は、市販の介護食品に表示されており、在宅介護や施設での食品選定に活用できる。UDF区分2〜3はIDDSI 5〜6に、区分4はIDDSI 4〜5に概ね対応する。

先行期対策:食環境の工夫

認知症特有の先行期障害に対しては、食事形態調整だけでなく、以下のような環境・行動的アプローチが有効である。


多職種チームによるケアアプローチ

認知症の摂食嚥下障害管理は、単一職種では対応できない複合的な問題を含む。JSPRおよびJSDRは多職種連携アプローチを強く推奨している。

言語聴覚士(ST):嚥下機能の精密評価(VF・VE)、食事形態・とろみの決定、直接訓練・間接訓練の立案と実施 管理栄養士(RD):適切な食形態での必要エネルギー・栄養素の確保、経口摂取が困難な場合の代替栄養計画 看護師・介護福祉士:日常の食事介助技術、ミールラウンドによる継続観察、家族指導 歯科衛生士・歯科医師:口腔衛生管理、義歯の適合確認、口腔運動機能の維持 医師(老年科・神経内科・リハビリテーション科):原疾患管理、薬剤調整(嚥下抑制薬の見直し)、経管栄養の適応判断


終末期における経管栄養の判断

経口摂取継続の原則

認知症の終末期(重度〜末期)に経口摂取が著しく困難となった際、経管栄養(胃瘻・経鼻胃管)の導入については、日本老年医学会の「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン(2012年、2022年改訂)」が重要な指針となる。同ガイドラインは、経管栄養が認知症末期患者の生命予後・QOL・誤嚥性肺炎の予防のいずれにおいても、十分なエビデンスを有しないことを明記している。

国際的にも、認知症末期患者への経管栄養の常用は推奨されておらず、口から食べることの文化的・精神的意義を最大限尊重したケアが倫理的観点からも求められる。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の活用

嚥下障害が進行する前の早期段階から、本人・家族・医療チームがアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の対話を重ねることが不可欠である。「万一、食べられなくなったらどうしたいか」という意向を事前に把握し、文書化しておくことで、終末期における意思決定の混乱を防ぐことができる。

経口摂取を支える「看取りの食事介助」

経管栄養を選択しない場合でも、誤嚥リスクを認識しつつ経口摂取を継続する「看取りの食事介助(コンフォートフィーディング)」というアプローチがある。この場合、誤嚥性肺炎の予防よりも本人の口から食べる喜び・尊厳の維持を優先することが目標となる。少量のアイスクリーム・ゼリー・好きな食物をとろみ調整のうえで提供し、最期まで「食べること」に関わり続ける支援が、緩和ケアの重要な要素である。


まとめ

  1. 認知症の摂食嚥下障害は多因子的であり、嚥下機能の低下だけでなく、先行期の認知障害・BPSD・薬剤の影響が複合する。

  2. タイプ別の特徴を把握することが適切なケアの出発点となる。ADは先行期から、VaDは発症直後の咽頭期から、DLBは覚醒変動を伴う中期以降から、FTDは初期の詰め込み食べ・窒息リスクから対応が必要である。

  3. スクリーニング(RSST・MWST・フードテスト)とミールラウンドの組み合わせが、認知症患者の嚥下障害を早期・継続的に把握するための実践的手段である。

  4. 食事形態の選択は学会分類2021とIDDSIを軸に、とろみの濃度を含めて個別評価に基づき決定する。過剰なとろみ付与による脱水リスクと、不十分なとろみによる誤嚥リスクのバランスを常に意識する。

  5. 多職種チームによる継続的なモニタリング——ST・管理栄養士・看護師・歯科衛生士・医師の連携——が、認知症の進行に合わせた動的な対応を可能にする。

  6. 終末期の経管栄養については、日本老年医学会ガイドラインおよびACPに基づき、本人の意向を最大限尊重したうえで判断する。看取りの食事介助という選択肢を医療・介護チームが共有していることが、QOLを守る最後の砦となる。


参考資料