Dysphagia Knowledge Hub — 吞嚥困難知識庫
嚥下障害患者への経口栄養補助食品(ONS):選択・増粘・臨床活用ガイド
嚥下障害( dysphagia)を抱える患者は、誤嚥リスクを避けながら十分な栄養を摂ることが難しく、低栄養・脱水・体重減少が慢性的な課題となります。経口栄養補助食品(Oral Nutrition Supplement;以下ONS)は、通常の食事を補い、必要エネルギー・タンパク質・微量栄養素の不足を効率よく補填できる有力な手段です。本ガイドでは、STや管理栄養士が臨床現場で即実践できるよう、製品選択・粘度調整・モニタリングまで体系的に解説します。
ONSが必要になる理由
嚥下障害患者には以下の要因が重なり合い、摂取不足が生じやすくなります。
- 摂取量の絶対的不足:食形態の制限(ミキサー食・ゼリー食)により、通常食と比べてエネルギー密度が低下しやすい。
- 嚥下疲労:脳卒中・神経筋疾患などでは、食事中に筋疲労が蓄積し、後半の摂取量が著しく落ちる。
- 食品多様性の制限:食感・粘度の制約から、摂取できる食品の種類が限られ、微量栄養素が偏る。
- 食欲低下・疾患由来の代謝亢進:がん・感染症・褥瘡治療中はエネルギー需要が増す一方、食欲は低下する。
これらの課題に対し、ONSは少量で高密度の栄養を補給できる点で優れており、食事量が50〜75%程度にとどまる患者に特に有効です。
ONSの種類
標準型(1.0 kcal/mL)
水分補給とエネルギー補充を同時に行える基本タイプ。嚥下障害の程度が軽く、食事量が若干不足する患者に適します。
高エネルギー型(1.5〜2.0 kcal/mL)
少量でより多くのカロリーを摂取でき、嚥下疲労のある患者や一回摂取量を制限すべき患者に有用です。1回200 mL未満でも目標エネルギーに近づけます。
疾患特異型
- 腎疾患用:タンパク質・カリウム・リンを制限した配合(例:腎臓病食対応製品)。透析導入前後の患者に必要。
- 糖尿病用:低GI糖質・食物繊維を強化し、血糖上昇を緩やかにする配合。血糖コントロール不良患者に考慮。
- 高タンパク型:サルコペニア・術後回復・褥瘡治療中など、タンパク需要が高い患者向け。
日本で入手可能な主要ONS製品比較
| 製品名 | メーカー | エネルギー密度 | タンパク質 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| エンシュア・リキッド | アボット ジャパン | 1.0 kcal/mL(250 mL/250 kcal) | 8.8 g/本 | 医薬品扱い;バニラ・コーヒー等8フレーバー |
| エンシュアH | アボット ジャパン | 1.5 kcal/mL(250 mL/375 kcal) | 13.2 g/本 | 高エネルギー版;脂質比率高め |
| ラコール NF配合経腸用液 | 大塚製薬工場 | 1.0 kcal/mL(200 mL/200 kcal) | 8.76 g/本 | 医薬品;乳糖不使用;チョコ・バニラ他 |
| テルミール2.0α | テルモ | 2.0 kcal/mL(200 mL/400 kcal) | 17.8 g/本 | 超高エネルギー型;食欲不振・少量摂取向き |
| メイバランス Mini | 明治 | 1.5 kcal/mL(125 mL/187.5 kcal) | 7.5 g/本 | 食品扱い;小容量;果汁系フレーバー豊富 |
| アイソカル 2K Neo | ネスレ日本 | 2.0 kcal/mL(200 mL/400 kcal) | 18.0 g/本 | 食品扱い;高タンパク・高エネルギー |
医薬品製品(エンシュア・ラコール)は医師処方が必要。食品扱い製品は処方不要だが、適応・用量は多職種で判断すること。
IDDSI対応:増粘調整の実際
ほとんどのONS製品は出荷時に IDDSIレベル0(薄い液体 / Thin) です。嚥下評価(VF・VE)で処方された粘度に合わせ、増粘剤を用いて調整する必要があります。
IDDSI粘度別・増粘剤目安量(200 mL当たり)
| IDDSIレベル | 粘度区分 | 目安粘度(mPa·s) | 増粘剤添加量の目安※ |
|---|---|---|---|
| レベル1 | わずかに濃い(Slightly Thick) | 1〜50 | 約0.5〜1.0 g |
| レベル2 | ネクター状(Mildly Thick) | 51〜350 | 約1.5〜2.5 g |
| レベル3 | ハチミツ状(Moderately Thick) | 351〜1750 | 約3.0〜4.5 g |
| レベル4 | プリン状(Extremely Thick) | 1750以上 | 約5.0〜7.0 g(またはゼラチン固化) |
※増粘剤の種類・製品(キサンタンガム系・デンプン系)・液温・ONS製品の組成により増粘特性が異なる。必ず使用する増粘剤の添付文書とIDDSIフォーク/スプーンテストで実測確認すること。
注意点:
- キサンタンガム系増粘剤はONSのタンパク質・塩類と反応し、予想外に粘度が変化することがある。調製直後だけでなく、5〜10分後にも粘度を再確認する。
- 高エネルギー型(2.0 kcal/mL)は粘性が高めのため、同量の増粘剤でも標準型より固まりやすい。低めの量から始めて調整する。
- 増粘後は速やかに提供し、長時間放置しない(粘度の継続変化・衛生面のリスク)。
臨床活用の原則
食事の「補完」として使う
ONSはあくまでも食事を補うものであり、食事そのものを置き換えるものではありません。食事摂取を維持しながら、不足分をONSで補う形が基本です。食事直前のONS提供は食欲を抑制するため避け、食間(10時頃・15時頃) に提供するのが原則です。
口腔疲労・味覚倦怠への対策
- フレーバーのローテーション:毎日同じ味だと飲用継続率が著しく下がります。週単位で味を変えるよう計画します。
- 温度の工夫:冷たく提供すると口腔内での清涼感が増し、飲みやすいと感じる患者が多い。一方、嗄声・咽頭過敏がある場合は常温の方が耐容しやすいことも。
- 提供量の分割:1回200 mLが多いと感じる患者には100 mLずつ2回に分けて提供する。
モニタリング指標
ONS開始後は以下の指標を定期的に評価し、効果と安全性を確認します。
| 指標 | 評価頻度 | 目標 |
|---|---|---|
| 体重 | 週1回(急性期)/ 月1〜2回(維持期) | 1か月で+0.5〜1 kg、または現体重維持 |
| 血清アルブミン / プレアルブミン | 月1〜2回 | Alb ≥3.5 g/dL(目安) |
| 食事摂取量記録(%) | 毎食 | 目標エネルギーの≥75%を達成 |
| 脱水・浮腫サイン | 毎日(視診・問診) | 口腔乾燥・皮膚ツルゴールの変化に注意 |
| ONS飲用量 | 毎回記録 | 処方量の≥80%摂取 |
経管栄養へのエスカレーション判断基準
以下の状態が2週間以上継続する、または急速に悪化する場合は、経口摂取継続の安全性・実現可能性を多職種で再評価し、経管栄養(経鼻胃管・胃瘻)への移行を検討します。
- 経口摂取量が推定必要量の50%未満が続く
- 体重が1か月で5%以上の意図しない減少
- 誤嚥性肺炎を繰り返している(2回以上/3か月)
- 嚥下機能の進行性悪化(ALSなど神経筋疾患)
- 食事・ONS摂取に要する時間が45分以上となり患者が疲弊している
移行判断は患者・家族の意向、疾患予後、QOLを十分考慮したうえで行い、可能であれば経口摂取との併用(補完的経管栄養) も選択肢に含めます。
まとめ
ONSは嚥下障害患者の栄養管理において有効な手段ですが、「処方して終わり」ではなく、粘度調整・提供タイミング・飲みやすさの工夫・継続的なモニタリングを組み合わせて初めて効果を発揮します。ST・管理栄養士・看護師・医師が連携し、患者個々の嚥下機能・疾患背景・QOLに合わせた選択と調整を続けることが重要です。