Dysphagia Knowledge Hub — 吞嚥困難知識庫

嚥下障害患者のとろみ剤ガイド:種類・適切な濃度・調製方法

はじめに:なぜとろみが必要なのか

嚥下障害(えんげしょうがい)とは、食べ物や飲み物を口から胃へ安全に送り込む機能が低下した状態です。脳卒中・パーキンソン病・認知症・頭頸部がんの術後など、さまざまな原因で発症します。

嚥下障害のある方が水やお茶などのさらさらした液体を飲むと、飲み込みのタイミングが合わず、液体が気道へ流れ込む「誤嚥(ごえん)」が起こりやすくなります。誤嚥性肺炎は高齢者の死因として上位に挙げられており、予防は生命予後に直結する重要課題です。

液体にとろみをつけると流速が遅くなり、嚥下反射が間に合いやすくなるため、誤嚥リスクを大幅に低減できます。とろみ剤はこの目的に用いる食品素材であり、適切な種類・濃度・調製方法の理解が不可欠です。


とろみ剤の種類

1. でんぷん系とろみ剤

片栗粉・コーンスターチなどのでんぷんを原料とした製品です。加熱によって糊化(こか)し、粘度が高まります。

特徴

これらの性質から、でんぷん系は現在の臨床現場では使用が減少しており、後述するキサンタンガム系への移行が推奨されています。

2. キサンタンガム系とろみ剤

微生物由来の多糖類であるキサンタンガムを主原料とした製品です。現在の主流であり、多くの医療・介護施設で採用されています。

特徴

キサンタンガム系はでんぷん系に比べて安全性・安定性ともに優れており、日本摂食嚥下リハビリテーション学会(以下、日本嚥下学会)をはじめ多くのガイドラインで推奨されています。


粘度基準:IDDSIと日本の分類

IDDSI(国際嚥下食標準化イニシアチブ)

IDDSI(International Dysphagia Diet Standardisation Initiative)は、2017年に策定された国際共通の嚥下食・とろみ飲料の分類基準です。液体は以下の4段階に区分されます。

IDDSIレベル 名称(英語) 日本語表記 特徴
レベル1 Slightly Thick わずかにとろみのある 水より若干粘性がある程度
レベル2 Mildly Thick 薄いとろみ(ネクター状) スプーンからゆっくり流れ落ちる
レベル3 Moderately Thick 中間のとろみ(ハチミツ状) スプーンから糸を引くように流れる
レベル4 Extremely Thick 濃いとろみ(プリン状) スプーンで形が保てる;ストロー使用不可

粘度測定には「ライン・スプレッドテスト(LST)」などの簡便な評価法も活用されます。

日本の分類との対応

日本では農林水産省が定めるユニバーサルデザインフード(UDF)と、日本嚥下学会が策定した嚥下調整食学会分類2021が広く用いられています。

IDDSI UDF区分 嚥下調整食2021(とろみ) 目安粘度(mPa·s)
レベル1 区分4(補助的使用) とろみ薄い(コード0j相当) 50〜150
レベル2 とろみ中間 150〜300
レベル3 とろみ濃い 300〜500
レベル4 ゼリー状飲料・ゼリー食 500以上

担当の言語聴覚士(ST)や管理栄養士と連携し、患者ごとに適切な粘度レベルを決定することが重要です。自己判断による濃度変更は誤嚥リスクを高める恐れがあります。


主要な日本市販製品

製品名 メーカー 原料 特記事項
トロメリン® 明治 キサンタンガム 医療・介護現場での使用実績が豊富;温冷両用
トロミアップ® パーフェクト ネスレ日本 キサンタンガム 溶解が速く、ダマになりにくい;炭酸飲料にも対応
ソフティア®S ニュートリー キサンタンガム スピード溶解を謳う;味・においへの影響が少ない
つるりんこ® Quickly 清水化学 キサンタンガム 冷水にも溶けやすい;コストパフォーマンスが高い
かんたんトロメイク® フードケア キサンタンガム 少量パッケージあり;居宅介護でも使いやすい

いずれも使用量の目安は製品によって異なります。必ず製品添付の濃度表を確認し、目標とするIDDSIレベルに合わせて計量してください。


正しい調製方法

基本手順

  1. 計量する:目標粘度に対応した量のとろみ剤をあらかじめ計量する。スプーンの「すり切り」で正確に測ること。
  2. かき混ぜながら添加する:飲料を容器に注ぎ、よくかき混ぜながらとろみ剤を少量ずつ加える。一度に全量を加えるとダマになりやすい。
  3. 20〜30秒間しっかり攪拌する:溶け残りがないよう均一に混ぜる。
  4. 待機時間を守る:キサンタンガム系は添加後1〜2分で粘度が安定する製品が多い。製品指定の待機時間を確認する。
  5. 粘度を確認する:スプーンからの流れ方でIDDSIレベルを視覚的に確認する。

温度の影響

キサンタンガム系でも温度によって多少の粘度変化はあります。

温度が異なる飲み物に使用する場合は、実際に粘度を確認した上で添加量を微調整してください。でんぷん系では温度変化の影響がより顕著で、熱い飲み物を冷ますと大幅に粘度が上昇することがあります。


よくある失敗と対策

失敗 原因 対策
ダマができる 一度に大量を添加/攪拌不足 少量ずつ加えながら素早く混ぜる
粘度が安定しない 待機時間不足 製品指定の待機時間(通常1〜2分)を守る
時間が経つと薄くなる でんぷん系の使用、またはアミラーゼ分解 キサンタンガム系に変更;調製後速やかに提供する
飲み物が白く濁る 製品の特性または添加量超過 キサンタンガム系は透明性が高い製品を選ぶ
味が変わる とろみ剤の風味 少量で済むキサンタンガム系を選択;無味・無臭製品を確認
炭酸飲料の発泡が消える 過剰な攪拌 炭酸対応製品を使用し、攪拌は最小限に

まとめ

嚥下障害患者の誤嚥リスク低減において、とろみ剤の適切な使用は非常に重要です。現在の標準はキサンタンガム系製品であり、でんぷん系の使用は可能な限り避けることが推奨されます。粘度はIDDSIおよび日本嚥下調整食学会分類2021に基づいて設定し、担当の言語聴覚士・管理栄養士と連携して患者ごとに最適なレベルを決定してください。

正確な計量・適切な攪拌・待機時間の遵守という基本手順を徹底することで、安定した品質のとろみ飲料を提供できます。製品ごとの特性を理解し、食事介助スタッフ全員が統一した方法で調製することが、安全な嚥下支援の第一歩です。


本記事はCC BY 4.0ライセンスのもと公開されています。医療行為に関する最終判断は必ず担当医・専門職にご相談ください。