Dysphagia Knowledge Hub — 吞嚥困難知識庫
増粘剤の選び方と使い方——でんぷん系・ガム系の徹底比較(日本版)
TL;DR: 増粘剤には大きく「でんぷん系」と「ガム系(キサンタンガム等)」の2種類があります。でんぷん系は口腔内の唾液アミラーゼによって粘度が低下する可能性があるため、現在の日本臨床ではキサンタンガム系が主流です。ただし正しい溶かし方・適切な量・温度管理を守ることが安全使用の前提です。この記事では日本摂食嚥下リハビリテーション学会(JSDR)の学会分類2021、IDDSIフレームワークとの対応関係、および製品選択の実践ポイントを詳しく解説します。
増粘剤とは何か——嚥下障害ケアにおける役割
嚥下障害(えんげしょうがい)を持つ方は、水やお茶などのさらさらした液体(薄いとろみ)を安全に飲み込むことが難しくなります。液体が食道ではなく気管に入ってしまう「誤嚥(ごえん)」を防ぐため、液体に粘度をつけてゆっくり流れるようにする製品が増粘剤(とろみ剤)です。
増粘剤の目的は以下の3点です:
- 流速の低下——液体が口腔・咽頭を通過するスピードを落とし、嚥下反射が間に合うようにする
- コントロール性の向上——口腔内での食塊(しょっかい)形成を助け、飲み込むタイミングを作りやすくする
- 誤嚥リスクの軽減——特に「無症候性誤嚥(サイレントアスピレーション)」を持つ方の安全性を高める
ただし増粘剤は「あればよい」ものではなく、種類・濃度・使用方法の選択が誤れば逆効果になりえます。それを防ぐための選び方がこの記事のテーマです。
増粘剤の2大分類——でんぷん系とガム系
日本で流通している嚥下障害用増粘剤は、大きく以下の2系統に分かれます。
でんぷん系(デキストリン系・加工でんぷん系)
- 原料: コーンスターチ(トウモロコシでんぷん)・馬鈴薯でんぷんなどを加工したもの
- 特徴: 白色に近い外観で、水や温かい液体に比較的素直に溶ける
- 代表的な製品例: 従来型の「かたくり粉」型増粘剤(現在は医療用途では減少傾向)
でんぷん系の主な課題——唾液アミラーゼによる粘度低下
でんぷん系増粘剤の最大のリスクは、口腔内で唾液中のアミラーゼ酵素によりでんぷん分子が分解され、粘度が急低下することです(Cichero 2013; Steele et al. 2015)。
- 調理直後は適切な粘度(例:IDDSI レベル2「低度稠」)であっても、口腔内に入った数十秒で粘度がレベル0(薄いとろみ)近くまで下がる場合がある
- 唾液分泌が多い方や口腔内での咀嚼・移送時間が長い方ほど影響が大きい
- 野菜・香辛料・醤油などの発酵食品に含まれるアミラーゼも粘度を低下させるため、混ぜ合わせる食品・飲料の種類によっても挙動が変わる(日本摂食嚥下リハビリテーション学会 JSDR 学会資料)
この酵素分解問題から、現在の日本臨床ではでんぷん系単体の製品は推奨が下がっており、ガム系または混合系が主流となっています。
ガム系(キサンタンガム系・グアーガム系)
- 原料: キサンタンガム(Xanthomonas campestris 菌が産生する多糖類)、グアーガム(グアー豆由来)
- 特徴: 少量で高い粘度が得られ、唾液アミラーゼの影響を受けない
キサンタンガム系の科学的優位性
2022年にJournal of Food Science and Technologyに掲載された研究(IDDSI Flow Testを用いた比較)では:
- キサンタンガム系増粘剤は、でんぷん系と比較してIDDSI Flow Testの結果が濃度変化に対して線形(一定)に推移する
- でんぷん系は濃度が上がると粘度が指数関数的に増加するため、「少し多く入れすぎると一気に濃くなりすぎる」というコントロールの難しさがある
- キサンタンガム単独製品は、混合系(コーンスターチ+タラガム+キサンタンガム+グアーガム)よりもIDDSIレベルの到達が一定で再現性が高い(Folia Phoniatrica et Logopaedica 2025)
また複数のランダム化比較試験(Robbins et al. 2008; García-Peris et al. 2014)で:
- キサンタンガム系は誤嚥しても肺への刺激が少ない(一部の動物実験で確認)
- でんぷん系と比較して口腔残留が少ない傾向が示されている
一方、キサンタンガム系の注意点:
- だまになりやすい——高温の液体に直接振り入れると固まりやすい(後述の正しい溶かし方参照)
- 濃くしすぎると粘着性が増す——咽頭・口腔粘膜にへばりつき、かえって排出困難になりうる
- 透明度が低い製品もある——見た目や風味に影響する場合がある
混合系増粘剤——でんぷん+ガムのハイブリッド
市場には「でんぷん系+ガム系の混合製品」も存在します。
| 特性 | でんぷん系 | ガム系(キサンタンガム) | 混合系 |
|---|---|---|---|
| 唾液アミラーゼへの耐性 | ❌ 低い | ✅ 高い | △ 中程度(でんぷん比率による) |
| 濃度の安定性(温度変化) | △ やや不安定 | ✅ 安定 | △ 中程度 |
| 溶けやすさ | ✅ 良好 | △ だまになりやすい | ✅ 比較的良好 |
| コスト | ✅ 低い | △ 中〜高 | △ 中程度 |
| 色・透明度 | ✅ ほぼ透明 | △ やや白濁する場合あり | △ 中程度 |
| IDDSI再現性 | △ 低い | ✅ 高い | △ 中程度 |
| 日本の主流 | ❌ 減少傾向 | ✅ 主流 | ✅ 一部で普及 |
学会分類2021(とろみ)とIDDSIフレームワークの対応
日本摂食嚥下リハビリテーション学会(JSDR)学会分類2021では、とろみを3段階に分類しています:
| JSDR 2021 分類 | 目安の粘度 (mPa·s at 25℃, 50/s) | IDDSI レベル(概算) |
|---|---|---|
| 段階1:薄いとろみ | 50〜150 mPa·s | レベル1〜2(極微稠〜低度稠) |
| 段階2:中間のとろみ | 150〜300 mPa·s | レベル2〜3(低度稠〜中度稠) |
| 段階3:濃いとろみ | 300〜500 mPa·s | レベル3〜4(中度稠〜高度稠) |
重要: JSWRの粘度測定はロータリー粘度計(25℃、50/s)を基準としており、IDDSIのFlow Test(シリンジ法)とは測定原理が異なります。同じ製品でも測定方法によって「分類」が変わることがあるため、施設で使用する製品はIDDSI Flow Testでの確認が推奨されます(Cichero et al. 2017; JSDR 分類2021 Q&A)。
増粘剤の正しい使い方——失敗しないための実践手順
基本の溶かし方(キサンタンガム系)
- 液体を先にコップ・容器に入れる(増粘剤を先に入れない)
- 増粘剤を計量する——製品の指示量を必ずスプーンや計量スプーンで量る(目分量不可)
- 素早くかき混ぜる——振り入れながら即座に20〜30秒勢いよく混ぜる
- 2〜3分待つ——ガム系は完全に粘度が安定するまで少し待つ時間が必要
- 再度確認——スプーンで持ち上げてIDDSI目標レベルの粘度になっているか確認
温度と粘度の関係
- ガム系増粘剤は温度が上がると粘度が下がる傾向がある
- 熱いお茶やスープに使用する場合は、「冷めた状態で目標粘度になる量」ではなく、飲む直前の温度で確認すること
- でんぷん系は逆に加熱でα化(糊化)して粘度が増すため、温度管理が難しい
よくある間違い
| 間違い | 起こること | 対策 |
|---|---|---|
| 量を「目分量」で入れる | 毎回粘度がバラバラ、誤嚥リスク変動 | 計量スプーン必須 |
| かき混ぜが不十分 | だまが残り、誤嚥リスク増 | 20〜30秒即攪拌 |
| 時間を置かずに提供する | まだ粘度が安定していない状態で飲む | ガム系は2〜3分待つ |
| 飲み残しを再増粘する | 唾液や食品の酵素で変質・分離 | 飲み残しは破棄 |
| お茶・果汁・牛乳を同じ量で調整 | 飲料のpH・タンパク質・イオン強度で粘度が変わる | 飲料ごとに使用量を確認 |
飲料の種類別——増粘剤の使用上の注意
- お茶・緑茶・麦茶: タンニンがガム系の粘度を若干低下させることがある。製品表示の使用量より若干多めで調整
- 果汁・オレンジジュース: 酸性飲料はでんぷん系の粘度をさらに不安定化させる。ガム系推奨
- 牛乳・乳飲料: タンパク質・カルシウムイオンとの相互作用で、ガム系も粘度変動が起きることがある。製品の対応表確認が必要
- みそ汁・スープ: 塩分・油分が粘度に影響。温度管理も重要
- アルコール飲料(緩和ケア): ガム系は比較的安定しているが、目標粘度の確認必須
介護施設での運用——スタッフ教育と記録管理
標準化が重要な理由
同一患者に対して、シフトごとに異なるスタッフが増粘剤を調整すると、粘度が毎食ごとにばらつきます。これは:
- 誤嚥リスクの変動——必要粘度が得られない食事では誤嚥が起こる
- 摂取量の低下——「今日は飲みにくい」という体験が積み重なり、水分・栄養不足につながる
施設でのチェックリスト
- 患者ごとに「必要IDDSI/JSWRレベル」を言語聴覚士(ST)がアセスメントし記録
- 使用製品・使用量・手順をケアプランに文書化
- 新人スタッフ・派遣スタッフに対して調整手順のデモ実施
- 月1回以上、担当STによるとろみ確認(IDDSI Flow Test または Line Spread Test)
- 製品ロット変更時に再確認(同じ製品でもロットで粘度差が出る場合がある)
どの増粘剤を選ぶか——選択フレームワーク
嚥下障害の状態は千差万別です。最終的な製品選択は言語聴覚士(ST)・管理栄養士の指示に従うことが原則ですが、以下のフレームワークが参考になります:
1. まずアセスメント結果を確認する
- VF(嚥下造影検査)またはVE(嚥下内視鏡検査)によるIDDSI目標レベルの確認
2. ガム系を基本に選ぶ
- 唾液アミラーゼ問題・IDDSI再現性の観点から、現在の日本臨床ではキサンタンガム系が第一選択
- JSDR 分類2021との対応表が製品に明記されているものを選ぶ
3. 飲料との相性を確認する
- 使用する主な飲料(水、お茶、牛乳、ジュース等)で製品の使用量を確認し、実際にFlow Testで粘度を検証
4. コスト・入手性を考慮する
- 在宅ケアでは粉末タイプが主流(保存性・コスト面で優位)
- 施設ケアでは液体タイプ(シロップ型)も利便性が高い
5. 患者の嗜好・QOLを最優先する
- 透明度・味への影響・口当たりは患者のコンプライアンスに直結
- 「飲めるとろみ」を追求することが長期の水分補給確保につながる
よくある落とし穴——臨床の現場から
「濃ければ安全」という誤解
増粘剤を「念のため濃くする」ことは推奨されません。濃すぎるとろみは:
- 飲み込みに過度な力が必要となり、疲労・摂取量低下を招く
- 咽頭に残留しやすく、残留物の誤嚥リスクが増す
- 口渇感が強くなり、水分摂取不足・脱水につながる
目標はあくまで「安全かつ本人が飲みやすい最低限の粘度」です。
「市販のとろみ剤は全部同じ」という誤解
製品によって原料・粘度特性・IDDSIレベルへの対応が大きく異なります。製品を変更するときは必ず担当STまたは管理栄養士に相談し、再評価を行ってください。
Citations and sources
- Cichero JAY et al. (2017) Unification of International Terminology and Definitions for Texture-Modified Foods and Thickened Fluids Used in Dysphagia Management. Dysphagia, 32:293–314. DOI: 10.1007/s00455-016-9761-5
- IDDSI Framework 2.0 (2019). IDDSI.org. https://www.iddsi.org/Framework
- 日本摂食嚥下リハビリテーション学会(JSDR)嚥下調整食分類 2021. https://www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/classification2021-manual.pdf
- JSDR 増粘食品の使用方法(eラーニング). https://member.jsdr.or.jp/elearning3/lesson/1476/71/
- JSDR 分類2021 Q&A(2022年改訂). https://www.jsdr.or.jp/doc/classification2021-qa.html
- Nicosia MA, Robbins JA. (2001) The fluid mechanics of bolus ejection from the oral cavity. Journal of Biomechanics, 34:1537–1544.
- Steele CM et al. (2015) The influence of food texture and liquid consistency modification on swallowing physiology and function. Dysphagia, 30(3):219–244.
- Barikroo A, Carnaby G. (2022) Flow test by the International Dysphagia Diet Standardization Initiative reveals distinct viscosity parameters of three thickening agents. Journal of Food Science and Technology, 59:4183–4191. DOI: 10.1007/s13197-022-05369-5
- PMC11991679 — Relationship between IDDSI Flow Test and Consistometric Measures for Starch-Based and Xanthan Gum-Based Thickening Agents. Folia Phoniatrica et Logopaedica, 2025. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11991679/
- García-Peris P et al. (2014) Comparative study between modified starch and xanthan gum thickeners in post-stroke oropharyngeal dysphagia. e-SPEN Journal, 9(1):e1–e5.
- ニュートリー株式会社 嚥下食用増粘剤解説. https://www.nutri.co.jp/nutrition/keywords/ch7-6/keyword4/
この記事は公開資料・査読済み文献に基づいた教育目的の情報です。増粘剤の選択・使用量の決定は、必ず担当の言語聴覚士(ST)または管理栄養士の指示に従ってください。この記事は医療アドバイスではありません。
最終更新: 2026-04-19 · ライセンス: CC BY 4.0 · 制作・監修:Editorial Team — 香港を拠点とするソーシャルエンタープライズ。IDDSI準拠の介護食を製造し、嚥下障害を持つ方の食の質向上を社会的使命としています。ご連絡は [email protected] まで。このページは教育目的のみです。詳細はAboutページをご覧ください。