加齢と嚥下機能の低下 — オーラルフレイル予防
「最近むせることが増えた」「硬いものが食べにくくなった」「食事に時間がかかるようになった」——これらは加齢による口腔・嚥下機能低下の初期サインである可能性があります。特定の疾患がなくても、加齢とともに嚥下に関わる筋力・神経機能は緩やかに低下します。この変化を早期に捉え、適切な予防・対応を行うことが、健康寿命の延伸と誤嚥性肺炎予防につながります。
オーラルフレイルとは
**オーラルフレイル(Oral Frailty)は、東京大学高齢社会総合研究機構の飯島勝矢教授らが提唱した概念で、2019年に厚生労働省の「高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン」**に盛り込まれました。
「かむ力・飲み込む力・口腔内の清潔」など口腔機能の複数の軽微な衰えが重なり合い、全身の虚弱(フレイル)を促進するプロセスです。
オーラルフレイルの判定基準(厚生労働省版)
以下の6項目のうち3項目以上に該当する場合、オーラルフレイルが疑われます。
- 食べこぼし・食事に時間がかかる
- 口の乾燥感(ドライマウス)
- 滑舌の低下(「たたたた」が言いにくい)
- かむ力の低下(硬いものを避けるようになった)
- 半年で2kg以上の体重減少
- 週1回以上の口腔・咽頭の食べ物の残留感、むせ感
加齢による嚥下機能低下の特徴
| 機能変化 | 内容 |
|---|---|
| 舌圧の低下 | 口腔期での食塊形成・送り込みが遅くなる |
| 咽頭筋力の低下 | 嚥下反射の遅延、咽頭収縮力の低下 |
| 喉頭挙上の減少 | 喉頭蓋の閉鎖が不完全になり誤嚥リスクが増す |
| 唾液分泌の低下 | 口腔乾燥(ドライマウス)が食塊形成を妨げる |
| 感覚機能の低下 | 食塊の感知が遅れ、咽頭残留に気づきにくくなる |
これらの変化は**サイレント誤嚥(むせのない誤嚥)**のリスクを高めます。
舌圧測定:口腔機能低下の客観的評価
**舌圧(tongue pressure)**は口腔機能の重要な指標であり、嚥下力・咀嚼力と相関することが知られています。
JMS舌圧測定器
「JMS舌圧測定器」(有限会社ジェイ・エム・エス)は、日本で最も広く使われている舌圧測定器で、多くの歯科・歯科口腔外科・リハビリテーション科で使用されています。
測定方法(概要):
- 舌圧プローブ(バルーン付き)を前歯の後ろに挟む
- 「舌でバルーンを口蓋に向かって強く押しつけてください」と指示する
- 3回測定し平均値を記録(単位:kPa)
基準値の目安:
- 健常高齢者(70歳代):約25〜30kPa
- 20kPa以下:口腔機能低下症の診断基準のひとつ(厚生労働省・日本歯科学会)
- 15kPa以下:嚥下機能低下のリスクが高い
口腔機能低下症(2018年保険収載)
2018年度から歯科における「口腔機能低下症」の診断・管理が保険収載されました。65歳以上を対象に、7項目(咬合力・舌圧・口腔衛生状態など)を評価し、3項目以上低下で診断されます。歯科医院での定期的な口腔機能評価が予防につながります。
サルコペニア嚥下障害
サルコペニア(sarcopenia)とは加齢・低栄養・不活動によって生じる全身の筋肉量・筋力の低下です。嚥下関連筋(舌筋・咽頭筋・呼気筋など)も同様に低下し、これをサルコペニア嚥下障害と呼びます。
特徴
- 特定の神経疾患がなく、加齢とともに緩徐に進行
- 体重減少・四肢の筋力低下を伴うことが多い
- 栄養状態の改善(特にタンパク質・エネルギーの充足)が回復の鍵
対応策
- タンパク質摂取の増加:体重1kgあたり1.2〜1.5g/日(高齢者での推奨)
- 運動・リハビリ:全身の筋力トレーニングと嚥下訓練を並行して行う
- 栄養補助食品:経口栄養補助食品(ONS:Oral Nutritional Supplement)の積極的活用
嚥下体操10分ルーティン
以下の体操を食前に行うことで、嚥下関連筋を活性化し、誤嚥リスクを低下させます。言語聴覚士や歯科衛生士の指導のもと、無理のない範囲で行ってください。
1. 首のストレッチ(2分)
- ゆっくり首を右→左→前→後ろへ傾ける(各5秒保持)
- 首をゆっくり右回り・左回りに回す(各3回)
2. 肩のストレッチ(1分)
- 両肩を耳に近づけるように持ち上げ、ゆっくり下ろす(5回)
3. パタカラ体操(2分)
- 「パ」:両唇をしっかり閉じて開く(口輪筋の訓練)
- 「タ」:舌先を上の歯ぐきに当てて離す(舌先の訓練)
- 「カ」:舌の奥を口蓋に当てて離す(咽頭筋の訓練)
- 「ラ」:舌先を口蓋前方に丸めて離す(口腔送り込みの訓練)
- 各音節を「パパパパパ」と素早く5回、これを3セット繰り返す
4. 舌の運動(2分)
- 舌を前に最大限突き出す → 引っ込める(各5回)
- 舌先で右頬・左頬を内側から押す(各5回)
- 舌を上の口蓋に押しつける(5秒保持×5回)
5. 頸部等尺性運動(Shaker 運動)(2分)
仰臥位(仰向け)で行う運動です(座位では実施しません)。
- 仰向けに寝て、肩を床につけたまま頭だけをゆっくり持ち上げ、自分のつま先を見る
- この姿勢を1分間保持した後、1分間休憩(これを繰り返す)
- 舌骨上筋群(嚥下に重要な筋群)を鍛え、喉頭挙上を改善します
6. 呼吸訓練(1分)
- 深呼吸を5回(鼻から4秒吸い、口から8秒かけてゆっくり吐く)
- 咳払いを意識的に行う(気道保護の練習)
地域包括支援センターの活用
地域包括支援センターは、市区町村が設置する高齢者の総合相談窓口です。介護予防・医療・福祉に関するあらゆる相談を受け付けています。
嚥下機能の低下が心配な場合の相談先として:
| 相談内容 | 窓口 |
|---|---|
| 嚥下に関する専門評価を受けたい | 地域包括支援センター → 紹介 → 言語聴覚士・歯科 |
| 介護保険サービスを利用したい | 地域包括支援センター → ケアマネジャーのアサイン |
| 嚥下体操の教室・通所リハを探したい | 地域包括支援センター → 通所介護・通所リハ事業所の紹介 |
| 低栄養・体重減少が心配 | 地域包括支援センター → 訪問管理栄養士の居宅療養管理指導 |
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最終更新:2026年5月13日