頭頸部がん治療と嚥下障害
頭頸部がん(口腔がん・咽頭がん・喉頭がん・甲状腺がんなど)の治療は、嚥下機能に大きな影響を与えます。手術による組織切除、放射線治療による粘膜・筋肉・神経へのダメージ、化学療法による全身的な副作用が複合的に嚥下障害を引き起こします。
日本では頭頸部がんの罹患率は年間約3万件(2023年推計)であり、高精度放射線治療(IMRT:強度変調放射線治療)の普及により生存率は向上していますが、治療後の嚥下障害は長期的なQOL課題として重要です。
放射線治療による嚥下障害のメカニズム
急性期毒性(治療中〜治療後3か月)
- 口腔粘膜炎(口内炎):照射野の粘膜に強い炎症・びらんが生じ、痛みで食事が困難になる
- 口腔乾燥(ドライマウス):唾液腺への照射で唾液分泌が著しく低下。食塊形成・嚥下補助機能が障害される
- 咽頭・食道粘膜炎:照射野の粘膜炎が嚥下時の痛み・通過障害を引き起こす
- 味覚障害:口腔内の味覚受容体が障害され、食欲低下につながる
- 悪心・嘔吐:化学療法の副作用として食事摂取量が低下する
晩期毒性(治療後3か月以降)
- 咽頭・食道の線維化:照射による長期的な筋肉・結合組織の線維化で、咽頭収縮力・食道蠕動が低下する
- 開口障害(顎関節・咬筋の線維化):口が十分に開かなくなる。重度の場合は経口摂取そのものが困難になる
- 喉頭浮腫・喉頭線維化:声門閉鎖・喉頭挙上が障害され、誤嚥リスクが増加する
- 慢性口腔乾燥:唾液腺の照射後障害は生涯続く可能性がある
手術後の嚥下障害
舌・口腔切除後
舌の部分切除・全切除では、口腔期の食塊形成・送り込みが著しく障害されます。遊離皮弁による再建が行われますが、再建組織は感覚・運動機能が制限されます。
咽頭・喉頭切除後
- 喉頭全摘術後:永久気管孔が形成され、音声は失われますが誤嚥はなくなります。食事は経口摂取可能な場合が多い
- 部分喉頭切除後:誤嚥リスクが残る。STによる集中的な嚥下訓練が必要
- 咽頭切除後:咽頭の再建方法(遊離空腸・大胸筋皮弁等)によって嚥下予後が大きく異なる
急性期の食事管理
治療中の栄養管理
放射線・化学療法中は口腔粘膜炎・嚥下障害により十分な経口摂取が困難になることが多く、栄養管理が重要です。
経管栄養の選択肢:
- NGチューブ(経鼻胃管):短期的な栄養管理。チューブの不快感が問題になる場合もある
- PEG(経皮内視鏡的胃瘻造設術):長期の栄養管理が必要な場合(予防的PEGの議論あり)
経口摂取が可能な場合の食事の工夫
- IDDSIのソフト食〜ピューレ食(レベル4〜6)から開始
- 冷たい・常温の食べ物が口腔粘膜炎の痛みを和らげることがある
- 油脂類(バター・オリーブオイル)を加えてエネルギー密度を高める
- 唾液代替製品(ジェル型保湿剤・スプレー型人工唾液)の使用
晩期嚥下障害のリハビリテーション
予防的嚥下訓練(Prophylactic Swallowing Exercises)
放射線治療中から開始する予防的嚥下訓練は、治療後の線維化による嚥下機能低下を抑制する効果が研究で示されています。
推奨される訓練:
- シャキア訓練:舌骨上筋群の強化
- メンデルソン手技:喉頭挙上の延長
- 舌圧訓練:舌の筋力維持
- 開口訓練(Therabite・コルクを使った訓練):開口障害の予防・改善
開口障害への対応
- Therabite開口訓練装置:日本の一部の歯科・口腔外科で使用可能
- 理学療法的アプローチ:顎関節・咬筋・側頭筋のストレッチ
- ボツリヌス毒素注射:咬筋の過緊張を緩和する場合がある(専門施設)
口腔乾燥への対応
- 人工唾液(サリベートスプレー等):薬局で入手可能
- 口腔保湿ジェル(オーラルバランス、バイオテーン等):就寝前・食事前に使用
- ピロカルピン(サラジェン錠):残存唾液腺機能がある場合に唾液分泌を促進。処方薬
- こまめな水分摂取:水・スポーツドリンク等を常に携帯する
日本の頭頸部がん治療・嚥下専門医療機関
専門的な嚥下評価・リハビリが受けられる機関
- がん診療連携拠点病院(全国指定約450施設):頭頸部がんの集学的治療チームが整備されている
- 大学病院の頭頸部外科・耳鼻咽喉科:専門的なリハビリテーション科との連携
- 国立がん研究センター(東京・千葉、大阪):頭頸部がんの集学的治療と嚥下リハビリの実績
外来でのフォローアップ
治療終了後も定期的な嚥下機能評価(VFSS・VESS)と嚥下訓練の継続が推奨されます。主治医(耳鼻咽喉科・頭頸部外科医)からSTへの定期的な嚥下評価依頼を確認してください。
まとめ
頭頸部がん治療後の嚥下障害は、急性期から晩期まで多様な形態をとります。治療中からの予防的嚥下訓練、適切な栄養管理、そして晩期毒性への継続的な対応が生活の質を守ります。日本のがん診療連携拠点病院での集学的チームアプローチと、在宅でのSTによる継続的な訓練を組み合わせることが重要です。