複数回嚥下と代償的嚥下技術:咽頭残留を除去する実践的方法

咽頭残留(pharyngeal residue)は嚥下後も咽頭に食物・水分が残存する状態であり、嚥下後誤嚥(post-deglutitive aspiration)の主要な原因となります。複数回嚥下をはじめとする代償的嚥下技術は、咽頭残留をクリアし誤嚥リスクを軽減するための重要な手段です。本稿では、各技術の生体力学的根拠・実施手順・学会分類2021/IDDSIとの関係を詳しく解説します。


1. 咽頭残留と嚥下後誤嚥のメカニズム

嚥下の各相については 嚥下障害のメカニズム で詳述していますが、咽頭残留が生じる主な原因は以下の通りです。

残留した食物は次の呼吸動作で気道に吸い込まれる可能性があり、特にサイレント誤嚥(咳反射を伴わない誤嚥)では早期発見が困難です。

ASHA の成人嚥下障害実践ポータルは、咽頭残留へのアプローチとして「代償的嚥下手技の組み合わせ」を推奨しています (ASHA Adult Dysphagia Practice Portal)。


2. 複数回嚥下(Multiple Swallows)

原理

一回の嚥下で咽頭をクリアできない場合、空嚥下(dry swallow)を追加することで残留物を除去します。「2〜3回続けて飲み込む」という簡潔な指示で実施できるため、認知機能が保たれた嚥下障害者に広く活用されます。

実施手順

  1. 一口量を口腔内に取り込む(少量から開始)
  2. 通常の嚥下を1回行う
  3. 口を閉じたまま、もう1〜2回連続して空嚥下をする
  4. 嚥下後に「ア」「エ」と声を出し、ウエットボイスがないか確認する
  5. 問題がなければ次の一口を取り込む

有効なパターン


3. 息こらえ嚥下(Supraglottic Swallow)

原理

嚥下前から嚥下中にかけて意図的に呼吸を止め、嚥下直後に咳払いをすることで、声門上への誤嚥を防ぐ手技です。Logemann ら(2015)による研究では、息こらえ嚥下が声門閉鎖不全例での気道保護に有効であることが示されています (PubMed 26315994)。

実施手順

  1. 「今から息を止めます」と宣言してから深く息を吸う
  2. 息を止めたまま食物を飲み込む
  3. 飲み込んだ直後に「コホン」と短く咳払いをする
  4. その後に通常呼吸に戻る

注意点


4. 力強い嚥下(Effortful Swallow)

原理

意識的に力を入れて嚥下することで、舌根部の後退力と咽頭収縮圧を高め、咽頭残留を減少させます。

実施手順

  1. 食物を口腔内に入れる
  2. 「思い切り力を入れて飲み込んでください」と指示する
  3. 舌全体・喉・頸部の筋を意識的に収縮させながら嚥下する
  4. 複数回嚥下を追加する

有効なパターン


5. スーパー息こらえ嚥下(Super-Supraglottic Swallow)

声門上・仮声帯の双方を意識的に閉鎖して嚥下する高度な手技で、主に頭頸部腫瘍術後の患者に用いられます。一般的な介護場面よりも専門的リハビリ文脈での使用が中心です。STの指導のもとで行います。


6. 各手技の組み合わせ

実際の介護場面では、単一の手技を使うよりも以下のような組み合わせが効果的です。

嚥下障害パターン推奨される組み合わせ
嚥下反射遅延 + 咽頭残留チン・タック + 複数回嚥下
声門閉鎖不全 + 嚥下後誤嚥息こらえ嚥下 + 複数回嚥下
舌根部後退不全 + 梨状窩残留力強い嚥下 + 複数回嚥下

代償戦略の全体については 安全な嚥下のための代償戦略 を参照してください。


7. 食形態・水分とろみとの関係

IDDSI フレームワーク(https://www.iddsi.org/framework)および学会分類2021に基づいて適切な食形態・とろみ濃度を選択することが、代償的嚥下技術の効果を最大化します。

水分のとろみIDDSI レベル学会分類2021相当特徴
薄いとろみLevel 1記載なしわずかにとろみあり
中間のとろみLevel 2学会分類 とろみ(薄い〜中間)スプーンで形が崩れる程度
濃いとろみLevel 3学会分類 とろみ(濃い)スプーンですくえる程度

誤嚥リスクが高い場合は「濃いとろみ(Level 3)」が咽頭通過を遅くし、代償嚥下の時間的余裕を確保します。一方、過度のとろみは残留を増やす逆効果になることもあるため、STおよび管理栄養士による定期的な調整が必要です。


8. 特養・居宅介護での実施体制

特別養護老人ホームでの体制

特養では、STが嚥下内視鏡(FEES)や嚥下造影(VF)の評価結果をもとに各入所者への推奨手技を決定し、介護記録に明記します。介護士・看護師への技術指導は定期カンファレンスで実施し、手順をラミネート化したポスターとして各ユニットに掲示することが効果的です。

STへの紹介のタイミング を施設内で共有し、嚥下状態の変化(体重減少・発熱・食事拒否)があれば速やかにSTが再評価できる仕組みを整えてください。

居宅介護での体制

訪問STまたは通所リハビリのSTが、家族介護者へ各手技を実演して指導します。動画記録(本人の同意のもと)を使った復習が習得率を高めます。かかりつけ医への定期報告も欠かせません。


9. 効果の評価

代償的嚥下技術の有効性は以下の方法で定期的に評価します。

日本嚥下医学会のガイドラインは、3〜6か月ごとのSTによる再評価を推奨しています (日本嚥下医学会)。


10. まとめ

複数回嚥下・息こらえ嚥下・力強い嚥下などの代償的嚥下技術は、咽頭残留を効果的に除去し誤嚥後肺炎のリスクを低減します。いずれの手技も STが適応を評価し、介護専門職・家族介護者が正しく実施できるよう十分な指導と定期的なフォローアップが不可欠です。

適切な食形態(IDDSI・学会分類2021)との組み合わせ、多職種連携による継続的な評価・調整を通じて、安全で尊厳ある食事時間を実現しましょう。


参考資料

  1. ASHA Adult Dysphagia Practice Portal — https://www.asha.org/practice-portal/clinical-topics/adult-dysphagia/
  2. IDDSI Framework — https://www.iddsi.org/framework
  3. Logemann JA et al. (2015). PubMed PMID: 26315994 — https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26315994/
  4. 日本嚥下医学会 — https://www.jsdr.or.jp/