成人脳性麻痺と嚥下障害
脳性麻痺(のうせいまひ、Cerebral Palsy:CP)は、出生前後の脳損傷または発達期の脳障害により生じる運動機能障害です。かつては「子どもの疾患」と捉えられていましたが、現在では脳性麻痺を持つ方の多くが成人・高齢期に達しており、加齢に伴う嚥下(えんげ)機能の変化が重要な課題となっています。
日本には約34万人の脳性麻痺患者がいると推計されており、そのうち成人患者の嚥下障害の有病率は50〜90%と報告されています(ASHA, 2023)。
成人CPにおける嚥下障害の特徴
小児期からの継続と加齢による悪化
脳性麻痺による嚥下障害は小児期から存在することが多いですが、成人・高齢化とともに機能が低下するという「二重の問題」があります。
- 口腔運動機能の低下:舌・口唇・顎(あご)の協調運動が加齢でさらに障害される
- 歯牙喪失・口腔乾燥:服薬の影響や口腔ケアの困難さから歯牙喪失が多い
- 嚥下筋の廃用萎縮(はいようしゅく):活動量の低下による嚥下関連筋の筋力低下
CPのタイプ別嚥下特性
| CPのタイプ | 主な嚥下への影響 |
|---|---|
| 痙直型(けいちょくがた) | 口腔期の運動障害、舌の後退パターン |
| アテトーゼ型 | 不随意運動による誤嚥、咽頭期のタイミング障害 |
| 失調型 | 協調運動障害による食塊形成不良 |
| 混合型 | 上記の組み合わせ |
アテトーゼ型(アテトーゼがた)CPは特に成人後の嚥下機能低下が著しいとされており、40〜50代で顕著な悪化が見られることがあります。
嚥下評価のアプローチ
ベッドサイド評価の課題
脳性麻痺では、不随意運動・発語障害・認知障害が重なるため、標準的なベッドサイド嚥下評価(BSE)のみでは誤嚥の有無を正確に把握することが困難です。日本嚥下医学会は、リスクが高い成人CP患者には嚥下造影検査(VF)または嚥下内視鏡(FEES)による機器検査を推奨しています(www.jsdr.or.jp)。
反復唾液嚥下テスト(RSST)の注意点
反復唾液嚥下テスト(RSST)は汎用される簡便なスクリーニングですが、不随意運動が著しい場合は喉頭(こうとう)挙上の確認が困難なため、ST(言語聴覚士)が個別に評価方法を調整する必要があります。
ST紹介の基準と手順については別記事を参照してください。
食形態の選択:IDDSIと学会分類2021
成人CP患者への食形態は、嚥下機能評価の結果に基づいてSTと管理栄養士が協働して決定します。IDDSIと日本嚥下調整食学会分類2021(JDS-C 2021)の対照表:
| IDDSI レベル | JDS-C 2021コード | 特徴 |
|---|---|---|
| レベル3(流動・とろみ) | コード1j | ゼラチン状・ジュレ |
| レベル4(ピューレ状) | コード2 | ペースト・スクランブルエッグ状 |
| レベル5(ミンチ状) | コード3 | まとまりのある軟菜 |
| レベル6(軟らかい一口サイズ) | コード4 | 軟菜全粥 |
詳細はIDDSIフレームワークを参照してください。
アテトーゼ型CPでは不随意運動のため、食べ物を口に運ぶ際にこぼれやすく、適切な食器・スプーンの選択も重要です。
嚥下訓練と補助戦略
間接訓練
- 口唇・舌の抵抗運動:舌圧子(ぜっあつし)を使った舌の押し返し訓練
- 頬の筋力訓練:吹き戻しや風船を使った口輪筋(こうりんきん)強化
- 寒冷刺激法:アイスマッサージによる嚥下反射促通
姿勢の工夫
脳性麻痺では、適切な座位保持が嚥下の安全性を大きく左右します。
- 股関節・膝関節をほぼ90°に保つ
- 頭頸部を前屈位(chin-tuck)にする
- 体幹の側方傾斜を防ぐ(シーティング(座位保持装置)の調整)
食事介助時の姿勢ガイドも参照してください。
栄養管理の課題
成人CPでは、嚥下障害に加えて以下の栄養問題が重なります:
エネルギー消費の個体差:アテトーゼ型では不随意運動によるエネルギー消費が多く、痙直型では活動量低下によりエネルギー需要が低いことがあります。
嚥下調整食のエネルギー密度:水分量が多く食形態を落とすほどエネルギー密度が下がるため、補助食品(栄養補助飲料など)の活用が必要な場合があります。
胃食道逆流症(GERD)の合併:CPでは逆流症の合併が多く、逆流物の誤嚥リスクが高まります。食後の姿勢管理と薬物療法の組み合わせが重要です。
日本の介護保険制度での支援
成人CP患者が介護保険サービスを利用する場合、嚥下リハビリテーションは以下の形で提供されます。
訪問リハビリテーション:自宅でSTが嚥下訓練・家族指導を行います。重症CP患者の居宅生活を支える重要なサービスです。
通所リハビリテーション(デイケア):老健や病院附設のデイケアでSTが担当します。
特別養護老人ホーム(特養)・障害者支援施設:入所型施設での継続的な嚥下管理。
なお、65歳未満の若年CP患者は障害者総合支援法に基づくサービス(障害福祉サービス)を活用します。
STへの紹介が必要な状況
以下に当てはまる場合は速やかに言語聴覚士に相談してください:
- 食事に以前より時間がかかるようになった
- 食後に声が変わる(濡れた声・がらがら声)
- 繰り返す誤嚥性肺炎
- 体重が6か月で5%以上減少した
- 特定の食形態が困難になってきた
参考文献・引用
- ASHA(米国言語聴覚士協会). Adult Dysphagia. https://www.asha.org/practice-portal/clinical-topics/adult-dysphagia/
- IDDSI(国際嚥下調整食分類). The IDDSI Framework. https://www.iddsi.org/framework
- Logemann JA, et al. (1998). PubMed PMID: 26315994
- 日本嚥下医学会. https://www.jsdr.or.jp/
- 日本嚥下調整食学会. 嚥下調整食学会分類2021. 2021.
本記事は医療・介護専門職および家族介護者への情報提供を目的としています。個々の治療方針は担当医・言語聴覚士にご相談ください。