甲状腺手術と嚥下障害

甲状腺(こうじょうせん)手術(甲状腺全摘除術・甲状腺亜全摘除術・甲状腺葉切除術など)は、甲状腺がん・良性甲状腺腫・バセドウ病などに対して行われます。日本では年間約3万件の甲状腺手術が行われており、術後の嚥下(えんげ)障害はQOLに大きく影響する合併症の一つです。

研究によれば、甲状腺手術後の患者の約15〜50%が術後早期に何らかの嚥下不快感または障害を報告します(ASHA, 2023)。多くは一時的ですが、一部は長期化します。


甲状腺手術後の嚥下障害の原因

1. 反回神経(はんかいしんけい)麻痺

反回神経(迷走神経の枝)は声帯(せいたい)の運動を支配しており、甲状腺に隣接して走行します。手術中の牽引・切断・熱損傷によって一側性または両側性の反回神経麻痺が生じます。

一側性麻痺:声帯が閉鎖できなくなり、嚥下時の誤嚥リスクが増大します。発声(かすれた声・弱い声)も障害されます。

両側性麻痺:より重篤で、緊急気管切開が必要なこともあります。嚥下機能への影響が大きく、長期STリハビリが必要です。

2. 瘢痕(はんこん)・線維化

手術部位の瘢痕形成により、甲状腺軟骨・食道・咽頭の解剖学的構造が変化します。喉頭(こうとう)挙上(きょじょう)が制限され、食道入口部(EES)の開大が不十分になることがあります。

3. 低カルシウム血症

甲状腺手術では副甲状腺(ふくこうじょうせん)が損傷することがあり、低カルシウム血症(ていカルシウムけっしょう)により筋クランプや嚥下筋の機能障害が起こる可能性があります。

4. 術後の局所炎症・浮腫

術後早期の喉頭周囲浮腫(ふしゅ)も一時的な嚥下困難を引き起こします。


術後嚥下評価の標準的な流れ

日本嚥下医学会(www.jsdr.or.jp)は、反回神経麻痺を合併した術後患者には客観的な嚥下評価を推奨しています。

ステップ1:術後早期(24〜48時間)

ステップ2:嚥下機能評価(STによる)

ステップ3:食形態の決定


食形態の選択:IDDSIと学会分類2021

術後の嚥下機能に応じた食形態調整の目安:

IDDSI レベルJDS-C 2021コード使用場面
レベル2〜3(とろみ液)とろみ水水分誤嚥リスクが高い場合
レベル4(ピューレ状)コード2重度の反回神経麻痺
レベル5(ミンチ状)コード3中等度の障害
レベル6(軟らかな一口サイズ)コード4軽度の障害・回復期
レベル7(一般食)機能回復後

詳細はIDDSIフレームワークを参照してください。


STによる嚥下リハビリテーション

反回神経麻痺に対するアプローチ

声帯内転術補助的アプローチ(Lee Silverman Voice Treatment 等) 発声訓練は声帯機能の代償を促し、間接的に嚥下時の誤嚥防止に寄与します。

努力嚥下(どりょくえんげ)法 嚥下時に意識的に喉頭を強く閉鎖する訓練です。

スーパー声門嚥下法(Super-supraglottic swallow) 息をこらえながら嚥下し、直後に強く咳払いをする方法で、誤嚥した食物を気道から除去します。

頸部前屈(チンタック)姿勢 頭を前に傾けることで咽頭腔を狭め、食塊が喉頭に流入しにくくなります。

瘢痕性嚥下障害へのアプローチ

嚥下体操(Shaker exercise) 仰臥位(ぎょうがい)で頭を挙上し保持する運動で、舌骨上筋(ぜっこつじょうきん)と甲状舌骨筋(こうじょうぜっこつきん)を強化します。食道入口部開大の改善に有効です。

Mendelsohn手技 嚥下中に喉頭挙上を意識的に延長することで、食道入口部の開大時間を延ばします。


術後経過と予後

一側性反回神経麻痺の場合、多くは3〜12か月で自然回復または対側の代償により改善します。ただし、瘢痕による嚥下障害は自然経過での改善が乏しく、継続的なSTリハビリが必要です。

両側性反回神経麻痺は、外科的声帯内転術(ないてんじゅつ)の適応となる場合があります。


患者・家族への指導

術後退院後も以下に注意してください:


参考文献・引用

  1. ASHA(米国言語聴覚士協会). Adult Dysphagia. https://www.asha.org/practice-portal/clinical-topics/adult-dysphagia/
  2. IDDSI(国際嚥下調整食分類). The IDDSI Framework. https://www.iddsi.org/framework
  3. Logemann JA, et al. (1998). PubMed PMID: 26315994
  4. 日本嚥下医学会. https://www.jsdr.or.jp/
  5. 日本嚥下調整食学会. 嚥下調整食学会分類2021. 2021.

本記事は医療・介護専門職および家族介護者への情報提供を目的としています。個々の治療方針は担当医・言語聴覚士にご相談ください。