外傷性脳損傷(TBI)とは

外傷性脳損傷(がいしょうせいのうそんしょう、Traumatic Brain Injury:TBI)は、交通事故・転落・スポーツ外傷などによる頭部への衝撃で脳が損傷を受けた状態です。日本では年間約150万人が頭部外傷で救急受診すると推計されており、そのうち重症例では長期的な嚥下(えんげ)障害が大きな課題となります。

TBIによる嚥下障害は、損傷部位・重症度・受傷後経過時間によって症状が大きく異なります。急性期には意識障害に伴う誤嚥(ごえん)リスクが高く、回復期から慢性期にかけては認知・行動障害が食事行動を複雑にします。


TBI後の嚥下障害の発生率と機序

TBI後の嚥下障害の発生率は重症度によって異なります。重症TBI(Glasgow Coma Scale 8点以下)では、急性期に約60〜80%の患者が何らかの嚥下問題を呈するとされています(ASHA, 2023)。軽度〜中等度TBIでも、咽頭期(いんとうき)の遅延や舌圧低下が残存するケースが報告されています。

主な機序(きじょ)には以下が含まれます:

1. 嚥下中枢の損傷
延髄(えんずい)の孤束核(こそくかく)や疑核(ぎかく)は嚥下反射を制御します。これらが直接損傷されると、嚥下反射の遅延・消失が起こります。

2. 大脳皮質・皮質下の障害
前頭葉損傷による注意障害・衝動性の亢進は、早食い・大口摂取・食物の丸呑みを引き起こします。このような認知行動的嚥下障害(cognitive-behavioral dysphagia)はTBIに特有の問題です。

3. 脳神経麻痺
顔面神経(VII)、舌咽神経(IX)、迷走神経(X)、舌下神経(XII)の麻痺により、口腔期および咽頭期機能が低下します。

4. 気管切開・人工呼吸器管理
重症TBIでは長期の人工呼吸器管理が必要なことがあり、気管切開(きかんせっかい)カニューレが嚥下反射に与える影響も重要です(Logemann, 1998:PubMed PMID 26315994参照)。


急性期の嚥下管理

急性期病院(ICU・SCU)での嚥下管理は、安全な気道確保と栄養確保を最優先とします。

嚥下評価のタイミング

意識レベルが改善し、指示に従える状態(GCS 13点以上が目安)になった時点で、言語聴覚士(ST)によるベッドサイド嚥下評価を開始します。日本嚥下医学会(JSDR)のガイドラインでは、誤嚥リスクが高い患者には嚥下造影検査(VF)または嚥下内視鏡検査(FEES)による客観的評価を推奨しています(www.jsdr.or.jp)。

経管栄養から経口摂取への移行

急性期では経鼻胃管(NG管)や胃瘻(いろう)による栄養管理が行われます。経口摂取を開始するにあたっては、以下の基準を参考にします:


回復期・慢性期の嚥下リハビリテーション

TBI患者の嚥下機能は受傷後1〜2年にわたり回復が続くことがあります。回復期リハビリテーション病院では、ST・管理栄養士・看護師・介護士からなる多職種チームによる包括的アプローチが重要です。

嚥下訓練の種類

間接訓練(食物を使わない訓練)

直接訓練(食物を使った訓練)

IDDSI と学会分類2021の活用

嚥下機能の回復に合わせて食形態(しょくけいたい)を段階的に変更します。国際嚥下調整食分類(IDDSI)と日本嚥下調整食学会分類2021(JDS-C 2021)の対照は以下のとおりです:

IDDSI レベルJDS-C 2021コード食形態の特徴
レベル4(ピューレ状)コード2ペースト・プリン状
レベル5(ミンチ状)コード3まとまりのある軟菜
レベル6(軟らかな一口サイズ)コード4軟菜・全粥等
レベル7(一般食)コード4+通常の食事に近い形態

詳細はIDDSIフレームワークを参照してください。


認知行動的嚥下障害への対応

TBIに特有の課題として、認知障害や行動障害に起因する嚥下問題があります。

注意・集中力の低下:食事中に注意が散漫になり、嚥下のタイミングを誤ります。静かな環境でのone-to-oneの食事介助が有効です。

衝動性の亢進:一度に大量の食物を口に入れたり、飲み込む前に次を入れたりします。スプーン1杯ずつの介助や、スプーンを小さくするなどの工夫が必要です(安全な食事介助策略参照)。

食物失認(しょくもつしつにん):食物を認識できず、口腔内での処理が不適切になります。

記憶障害:食事をしたことを忘れ、過食や異食(いしょく)に至ることがあります。


日本の介護保険制度における対応

TBI後遺症による要介護認定を受けた方は、介護保険サービスを利用した嚥下リハビリを継続できます。

特別養護老人ホーム(特養):常勤STまたは非常勤STによる定期的な嚥下評価と訓練が提供されます。

介護老人保健施設(老健):在宅復帰を目指したリハビリを集中的に行います。

訪問リハビリテーション:自宅に帰った後も、STが定期的に訪問して嚥下訓練・食形態の調整・家族指導を行います。

通所リハビリテーション(デイケア):施設に通いながら嚥下訓練を継続できます。


誤嚥性肺炎の予防

TBI患者は誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)のリスクが高く、予防が重要です。


STへの紹介が必要なサイン

以下の症状が見られた場合は、速やかに言語聴覚士に紹介してください:


参考文献・引用

  1. ASHA(米国言語聴覚士協会). Adult Dysphagia. https://www.asha.org/practice-portal/clinical-topics/adult-dysphagia/
  2. IDDSI(国際嚥下調整食分類). The IDDSI Framework. https://www.iddsi.org/framework
  3. Logemann JA, et al. (1998). The role of the speech language pathologist in the management of dysphagia. Otolaryngologic Clinics of North America. PubMed PMID: 26315994
  4. 日本嚥下医学会. https://www.jsdr.or.jp/
  5. 日本嚥下調整食学会. 嚥下調整食学会分類2021. 2021.

本記事は医療・介護専門職および家族介護者への情報提供を目的としています。個々の治療方針は担当医・言語聴覚士にご相談ください。