日本の嚥下障害食の分類体系:なぜ複数の標準が存在するのか
日本では、嚥下障害や咀嚼困難のある患者・高齢者向けの食品・飲料の食形態を定義するために、複数の分類体系が使用されています。これらの体系は異なる組織・目的・時代背景で生まれたものですが、相互に参照しながら使用されることが増えています。
主な分類体系:
- IDDSI(国際嚥下食分類2013)— 国際標準
- 嚥下調整食学会分類2021(嚥下食ピラミッドの改訂版)— 日本の医療・施設向け主要分類
- UDF(ユニバーサルデザインフード)— 日本独自の食品業界向け分類
1. IDDSI(国際嚥下食分類2013)
概要
**IDDSI(International Dysphagia Diet Standardisation Initiative)**は、嚥下障害食の国際的な標準化を目的として2013年に設立された非営利組織が作成したフレームワークです。現在、50以上の国・地域で採用されており、オーストラリア・英国・カナダ・米国・そして日本の多くの医療機関でも採用が進んでいます。
分類の概要
| IDDSIレベル | 食物・飲料 | 概要 |
|---|---|---|
| Level 0 | 薄い液体(Thin) | 制限なし(水・お茶等) |
| Level 1 | わずかにとろみ(Slightly Thick) | 通常より少しとろみをつけた液体 |
| Level 2 | 薄いとろみ(Mildly Thick) | ネクター状のとろみ |
| Level 3 | 中間のとろみ(Moderately Thick) / 流動食(Liquidised) | ハチミツ状のとろみ / 均一な流動食 |
| Level 4 | 濃いとろみ(Extremely Thick) / ピューレ状(Puréed) | プリン・ヨーグルト状 |
| Level 5 | やわらか食(Minced & Moist) | 細かく刻んだ軟らかい食品 |
| Level 6 | 軟菜食(Soft & Bite-sized) | 軟らかく一口サイズの食品 |
| Level 7 | 普通食(Regular) | 制限なし |
テスト方法
IDDSIは客観的なテスト方法を提供しており、自宅や施設でも検証が可能です。
- 注射器流量テスト(液体 Level 0〜4)
- フォーク圧テスト(食物 Level 4〜6)
- スプーン傾斜テスト(境界確認)
- フォーク穿刺テスト(Level 6)
2. 嚥下調整食学会分類2021(嚥下調整食分類2021)
概要
**「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021」**は、日本の医療・介護現場で最も広く使用されている国内標準です。2013年版を2021年に改訂し、食形態・とろみの両方を定義する体系的な分類を提供しています。
この分類はIDDSIと整合性を持って設計されており、医療機関・施設・在宅間でのコミュニケーションに使用されています。
食形態の分類
| コード | 名称 | 特徴 | IDDSIとの大まかな対応 |
|---|---|---|---|
| コード0j | 嚥下訓練食品0j(ゼリー) | 均質でべたつかないゼリー | Level 4 |
| コード0t | 嚥下訓練食品0t(とろみ水) | とろみのついた水 | Level 3〜4 |
| コード1j | 嚥下調整食1j(ゼリー) | 均質でべたつかず、離水がないゼリー | Level 4 |
| コード2-1 | 嚥下調整食2-1(ペースト状) | 均質でなめらかなペースト | Level 4 |
| コード2-2 | 嚥下調整食2-2(ミキサー食) | 均質でなめらか | Level 4〜5 |
| コード3 | 嚥下調整食3(やわらか食) | 形はあるが容易にくずれる | Level 5〜6 |
| コード4 | 嚥下調整食4(普通食に近い軟食) | 硬さに配慮した軟らかい食事 | Level 6〜7 |
とろみの分類
| 段階 | 名称 | 特徴 | IDDSIとの大まかな対応 |
|---|---|---|---|
| 薄いとろみ | 薄いとろみ | 流れ方がゆっくり | Level 1〜2 |
| 中間のとろみ | 中間のとろみ | スプーンでかき回すと跡が残る | Level 2〜3 |
| 濃いとろみ | 濃いとろみ | スプーンで固まりとなって離れる | Level 3〜4 |
病院・施設での使用
日本の病院の言語聴覚士は食事指示書(嚥下食指示書)において嚥下調整食学会分類2021のコードを記載することが多く、退院時にはこのコードを介護施設・在宅に引き継ぐことが推奨されています。
3. UDF(ユニバーサルデザインフード)
概要
**UDF(ユニバーサルデザインフード)**は、日本介護食品協議会が制定した食品業界向けの自主規格で、食べやすさ・飲み込みやすさに配慮した市販食品を対象としています。
主にスーパーマーケット・ドラッグストアで販売される市販の介護食品に使用されており、消費者が製品の食べやすさのレベルを一目で判別できるよう設計されています。
分類
| 区分 | 説明 | IDDSIとの大まかな対応 |
|---|---|---|
| 区分1 容易にかめる | 「かたい食品や大きな食品が少し不自由だが、かむ力が弱くなった方向け」 | Level 6〜7 |
| 区分2 歯ぐきでつぶせる | 「かむことが難しい方向け、歯ぐきと舌でつぶせる食品」 | Level 5〜6 |
| 区分3 舌でつぶせる | 「かむことができない方向け、舌で押しつぶせる食品」 | Level 4〜5 |
| 区分4 かまなくてよい | 「かんだり、舌でつぶすことが困難な方向け」 | Level 3〜4 |
3つの分類体系の比較表
| 比較項目 | IDDSI | 嚥下調整食学会分類2021 | UDF |
|---|---|---|---|
| 発行主体 | 国際組織(IDDSI) | 日本摂食嚥下リハビリテーション学会 | 日本介護食品協議会 |
| 主な用途 | 医療・介護・研究の国際共通言語 | 日本の医療・施設での食事指示 | 市販介護食品のラベル表示 |
| 対象食品 | 食物・飲料の両方 | 食物・とろみの両方 | 主に食物(一部飲料) |
| テスト方法 | 客観的テスト(注射器・フォーク等) | 硬度・付着性の機器測定基準 | 硬度・粘度の数値基準 |
| 医療現場での使用 | 世界50以上の国で使用 | 日本の医療機関で広く使用 | 病院では補助的参照程度 |
| 消費者向け | 専門的すぎる場合がある | 主に医療専門職向け | 消費者に分かりやすい表示 |
| 法的強制力 | なし(推奨) | なし(推奨) | なし(業界自主規格) |
日本の技術規格:硬度・粘度の基準
嚥下調整食学会分類2021では、食形態の客観的な測定基準として以下の技術値が設定されています。
硬度基準(食物)
| コード | 硬さの上限(N/m²) | 付着性(J/m³) | 凝集性 |
|---|---|---|---|
| コード0j〜1j(ゼリー) | < 1,000 | < 1,000 | 適切な範囲 |
| コード2-1(ペースト) | < 20,000 | < 1,000 | 適切な範囲 |
| コード3 | 300〜20,000 | — | — |
| コード4 | < 100,000 | — | — |
粘度基準(とろみ飲料)
| 段階 | 粘度(mPa・s) |
|---|---|
| 薄いとろみ | 50〜150 |
| 中間のとろみ | 150〜300 |
| 濃いとろみ | 300〜500 |
どの分類体系を使うべきか:実践的なガイダンス
医療機関・リハビリ施設での推奨
- 食事指示書には嚥下調整食学会分類2021のコードを記載
- 国際的な研究・交流にはIDDSIを参照
- 患者・家族への説明にはIDDSIまたは両方を対訳形式で使用
介護施設での推奨
- 医療機関から引き継いだ食事指示書は嚥下調整食学会分類2021のコードで確認
- 食材・製品の調製確認にはIDDSIテスト方法(注射器流量テスト等)が有用
- 市販介護食の選択にはUDF区分を参考情報として活用
在宅介護者への推奨
- 主治医・言語聴覚士が指定するのは嚥下調整食学会分類2021またはIDDSIのいずれか(または両方)
- スーパーや薬局での製品選択にはUDF区分が使いやすい
- 稠度確認の実践にはIDDSIのテスト方法が最も客観的
関連する日本の学会・リソース
- 日本摂食嚥下リハビリテーション学会(www.jsdr.or.jp):嚥下調整食分類2021の全文・コード対応表・研修情報を公開
- IDDSI公式サイト(www.iddsi.org):分類フレームワーク・テストカード・各国語版資料の無料ダウンロード
- 日本介護食品協議会(www.udf.jp):UDFの分類基準・対応製品リスト
- 厚生労働省 e-ヘルスネット 嚥下障害:一般向けの嚥下障害基礎情報
本ページの情報は教育目的のものであり、医療上のアドバイスに代わるものではありません。最終更新:2026年5月。