脳卒中後の嚥下障害 — 回復の流れと食事対応
脳卒中(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血)は嚥下障害の最も多い原因のひとつです。急性期患者の約**50〜65%**に何らかの嚥下困難が生じ、そのうち約3割は誤嚥性肺炎へと進展するリスクがあります。しかし適切なリハビリと食事対応を行えば、多くの方が段階的に経口摂取の量・レベルを上げることができます。
脳卒中後の嚥下障害が起こるメカニズム
嚥下に関わる神経経路は脳幹(延髄の嚥下中枢)と大脳皮質の両方に存在します。脳卒中の部位・大きさによって、障害のパターンが異なります。
| 病変部位 | 嚥下障害の特徴 |
|---|---|
| 延髄(ワレンベルグ症候群など) | 咽頭筋麻痺・食道入口部開大不全。重篤になりやすい |
| 両側大脳半球(二側性病変) | 口腔期・咽頭期の両方が障害される |
| 片側大脳半球 | 急性期に発症、多くは自然回復しやすい |
| 小脳 | 運動協調性の障害により嚥下タイミングが乱れる |
回復のステージ別:食形態の変化
急性期(発症〜2週間)
特徴:
- 意識障害・全身状態が不安定なことが多い
- 嚥下評価が最優先。すべての患者に対して嚥下スクリーニングを実施する
- 経口摂取開始の可否は医師・STが判断
- 誤嚥リスクが高い場合は経鼻胃管(NGチューブ)による経腸栄養が選択されることがある
食形態の目安(経口摂取開始時):
- IDDSI レベル3〜4(流動食・ピューレ食)から開始することが多い
- 飲み物は中程度〜極めてとろみのある液体(IDDSIレベル2〜3)
回復期(2週間〜6ヶ月)
特徴:
- 脳の可塑性(ニューロプラスティシティ)により嚥下機能が改善することが多い
- 専門的な嚥下リハビリを集中的に行う時期
- 定期的な嚥下評価(VF・VE)を実施し、食形態を段階的に上げていく
典型的な回復過程(例):
- 発症1週:胃管栄養+わずかな試験的経口摂取(IDDSI L4)
- 発症1ヶ月:IDDSI L5 で3食経口摂取
- 発症3ヶ月:IDDSI L6〜7 で通常食に近い食事
注意:回復のペースは個人差が大きく、重症度・年齢・合併症によって異なります。
維持期・慢性期(6ヶ月以降)
特徴:
- 機能改善は緩やかになるが、適切な訓練・ケアで現状維持は十分可能
- 嚥下機能の悪化を防ぐ維持的リハビリと口腔ケアが重要
- 在宅・施設での継続的な食事管理が中心
嚥下評価ツールの解説
RSST(反復唾液嚥下テスト)
Repetitive Saliva Swallowing Testは、在宅・ベッドサイドでも簡便に実施できるスクリーニング検査です。
実施方法:
- 患者を坐位またはセミファウラー位にする
- 口腔内を湿らせる(水1〜2mLを指や綿棒で口腔内に塗布)
- 「唾液を繰り返し飲み込んでください」と指示する
- 30秒間に何回嚥下できるかを数える(喉頭の触診で確認)
判定:
- 30秒間に3回未満:誤嚥リスクが高い(精密検査への紹介を検討)
- 30秒間に3回以上:スクリーニング陰性
MWST(改訂水飲みテスト)
Modified Water Swallowing Testは、冷水3mLを用いた嚥下機能評価です。
実施方法:
- 患者を坐位またはセミファウラー位にする
- 口腔内に冷水3mLを注射器で投与する
- 嚥下を指示し、観察する
判定(1〜5点):
- 1点:嚥下なし、むせと呼吸変化あり
- 2点:嚥下あり、呼吸変化あり(誤嚥疑い)
- 3点:嚥下あり、むせ・湿性嗄声なし(ただし1回のみ)
- 4点:3点に加え、2回嚥下または口腔内残留なし
- 5点:2回反復嚥下可能で追加嚥下も問題なし
3点以上を適切な嚥下機能の暫定的基準とし、必要に応じてVF・VEへ進みます。
VF(嚥下造影検査)・VE(嚥下内視鏡検査)
- VF(Videofluoroscopy):X線透視下で造影剤入りの食物・液体を嚥下させ、口腔〜食道を動画で観察。「ゴールドスタンダード」とされます
- VE(Videoendoscopy):鼻咽頭鏡を使用して咽頭・喉頭を直視下に観察。放射線被曝なし・携帯型あり
摂食嚥下リハビリテーションの保険適用
日本の診療報酬制度(2024年版)では、以下の算定が可能です。
| 算定項目 | 担当職種 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 摂食機能療法(185点/日) | ST・医師・看護師 | 30分以上の個別嚥下訓練 |
| 経口移行加算 | ST・管理栄養士 | 経管栄養から経口摂取へのリハビリ |
| 嚥下内視鏡検査(VE) | 耳鼻咽喉科・リハ科医師 | 嚥下機能の精密評価 |
| 嚥下造影検査(VF) | 放射線科・リハ科医師 | X線透視下嚥下評価 |
在宅移行時の食事計画
退院・在宅移行の際には、「病院と同じレベルの食事を在宅で継続できるか」を事前に確認することが重要です。
退院前カンファレンスで確認すること
- 退院時の食形態(IDDSIレベル・とろみ濃度)
- 1日の推奨摂取カロリーとタンパク質量
- 補助栄養剤の使用有無(経腸栄養など)
- 嚥下訓練の継続方法(訪問ST・通所リハ)
- 誤嚥・窒息時の緊急対応手順
在宅での嚥下食調達・調理支援
- 訪問管理栄養士(介護保険の居宅療養管理指導):自宅での食事内容を評価・指導
- 訪問言語聴覚士:嚥下訓練を自宅で継続
- 介護食宅配サービス:嚥下調整食の宅配で在宅介護の負担を軽減
訪問言語聴覚士の活用
訪問型の言語聴覚士サービスは介護保険(訪問リハビリテーション)で利用可能です。
できること:
- 自宅での嚥下訓練の継続
- 在宅調理の食形態確認・アドバイス
- 家族への食事介助指導
- 定期的な嚥下機能評価と医師への報告
相談窓口:
- 担当ケアマネジャー(訪問リハビリ事業所の紹介)
- 日本言語聴覚士協会(jslha.jp)の地域相談窓口
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最終更新:2026年5月13日