嚥下訓練 — 在宅でできる10の体操
嚥下訓練は、嚥下に関わる筋肉・神経機能を維持・改善するための体操・訓練の総称です。言語聴覚士の指導のもとに行う専門的な訓練(直接訓練・間接訓練)と、在宅でも実施可能なセルフケア体操があります。このページでは、在宅介護者が日常に取り入れられる10の体操・訓練を、それぞれの目的・手順・注意点とともに紹介します。
重要:以下の体操を開始する前に、かかりつけ医または言語聴覚士に確認してください。頸椎・心血管疾患・骨粗鬆症などがある場合は実施前に必ず相談が必要です。
訓練前の準備
- 姿勢を整える:椅子に深く座り、背筋を伸ばす。または安全なベッドのヘッドアップ位(30〜60度)で実施
- 口腔ケアを行う:訓練前に歯磨き・うがいを行い口腔内を清潔に
- 空腹時を避ける:食後1〜2時間後が理想。直前の食事は避ける
10の嚥下体操
1. 頸部ストレッチ(準備運動)
目的:頸部筋肉の緊張をほぐし、嚥下関連筋の可動性を高める
手順:
- 首をゆっくり右へ傾け5秒保持、戻す
- 左へ傾け5秒保持、戻す
- 前へ倒し(あごを胸に近づける)5秒保持
- 後ろへ倒し5秒保持(頸椎症のある方は省略)
- ゆっくり右回り→左回りに各3回
回数:各動作5秒×2〜3セット
2. 肩・胸郭のストレッチ
目的:呼吸機能の確保・姿勢の改善
手順:
- 両肩を耳に近づけるように持ち上げ、ストン と落とす(5回)
- 両手を組んで頭の後ろに置き、肘を後方に開く(5回)
- 深呼吸:鼻から4秒吸い、口から8秒かけてゆっくり吐く(5回)
3. パタカラ体操
目的:口唇・舌・軟口蓋の運動機能を総合的に訓練する
嚥下食の調製・提供で最もよく知られた嚥下体操のひとつです。
各音節の意味:
- 「パ」:口唇(クチビル)の閉鎖運動 → 食物のこぼれ防止
- 「タ」:舌先と上歯槽堤(歯ぐき)の接触 → 舌尖の運動機能
- 「カ」:舌根部(舌の奥)の運動 → 咽頭への送り込み
- 「ラ」:舌先の巻き上げ運動 → 口腔期の送り込み力
手順:
- ゆっくり「パ・タ・カ・ラ」と1音ずつ発音する(口の形を大げさに)
- 「パパパパパ」と素早く5回繰り返す
- 同様に「タタタタタ」「カカカカカ」「ラララララ」を各5回
- 「パタカラ・パタカラ・パタカラ」と続けて発音する(3回)
回数:1日2〜3セット(食前が理想)
4. 舌の前方突出・後退運動
目的:舌筋(外舌筋)の強化 → 食塊の口腔期送り込み改善
手順:
- 舌を口の外に最大限突き出す(3秒保持)
- ゆっくり引き込む
- これを10回繰り返す
回数:1日2〜3セット
5. 舌の左右運動
目的:舌の側方運動 → 咀嚼補助・口腔内清掃
手順:
- 舌先を右頬の内側に押しつける(3秒保持)
- 左頬に押しつける(3秒保持)
- 左右交互に10回
回数:1日2〜3セット
6. 舌の口蓋押しつけ運動(Masako法)
目的:舌骨上筋群の強化 → 喉頭挙上・嚥下力改善
手順:
- 舌先から舌中央部を上の口蓋(天井)に強く押しつける
- 5秒保持して力を抜く
- 10回繰り返す
注意:この運動は舌に力が入るため、顎関節痛のある方は医師に相談してください
回数:1日2〜3セット
7. 口唇(くちびる)閉鎖運動
目的:口輪筋の強化 → 食物・唾液のこぼれ防止
手順:
- 唇をしっかり閉じ、両端に力を入れる(5秒保持)
- ゆっくり力を抜く
- 10回繰り返す
バリエーション:割り箸を唇で挟む(力を加えず)練習も有効。ただし口腔内を傷つけないよう注意
回数:1日2〜3セット
8. 頸部等尺性運動(Shaker運動)
目的:舌骨上筋群の強化による喉頭前方挙上の改善。食道入口部(上部食道括約筋)の開大を促進します。
ワシントン大学の Shaker 教授らが報告した、科学的根拠のある嚥下訓練の代表的手技です。
実施条件:仰臥位(仰向けに寝た姿勢)で行います。座位では効果が異なります。
手順(等尺性収縮法):
- 仰向けに寝て、腕は体の横に自然に置く
- 肩を床につけたまま、頭だけをゆっくり持ち上げ、自分のつま先を見る
- この姿勢を 1分間保持
- 頭を戻して 1分間休憩
- これを3回繰り返す
注意点:
- 頸椎・頭頸部疾患・心血管系疾患のある方は医師に確認してから実施
- 首に痛みがある場合はただちに中止
- 体力が低下している方は最初は30秒から始め、徐々に延ばす
回数:1日1セット(3回)。週5日以上が推奨されています
9. 息こらえ嚥下練習(Mendelsohn法の自主訓練版)
目的:喉頭挙上時間を延長し、嚥下の協調を改善する
手順:
- 唾液を飲み込む際、喉頭(喉仏)が一番高く上がった瞬間に数秒間保持する意識を持つ
- 保持しながら1〜2秒数えてから力を抜く
- 5〜10回繰り返す
コツ:最初は喉仏を指で触れながら動きを確認すると習得しやすい
注意:高血圧・心疾患のある方はバルサルバ効果が生じるため医師に確認
10. 呼気筋力トレーニング(EMST:Expiratory Muscle Strength Training)
目的:呼気筋(腹筋・肋間筋)の強化 → 咳嗽力の強化・誤嚥物の排出能力向上
EMST-150(米国製器具) はアメリカのChristianらが開発し、パーキンソン病・脳卒中などの嚥下障害患者に有効性が示されている呼気筋トレーニング器具です。
EMST の自主訓練(器具なし版):
- 息を大きく吸い込む
- 「フッ」と強く・素早く息を吐き出す(1秒で)
- これを5回×4〜5セット繰り返す(セット間に1〜2分休憩)
器具版(EMST-150)の使用:
- 圧力閾値を設定し、それ以上の呼気圧を出さないと弁が開かない仕組み
- 日本でも一部の医療機関・リハビリ施設で使用されています
- 言語聴覚士の指導のもとで使用することが推奨されます
回数:1日1セット(5回×4セット)。週5日以上
バルーン拡張法(Balloon Catheter Dilation)の概要
バルーン拡張法は、上部食道括約筋(輪状咽頭筋)の弛緩不全による嚥下障害に対して行われる訓練法です。
概要:
- バルーンカテーテルを口から食道に挿入し、膨らませた状態で引き抜くことによって上部食道括約筋を機械的に拡張・訓練する
- 必ず言語聴覚士・医師の指導・管理下で行う専門的手技です
- 在宅での独自実施は不可。医療機関・訪問リハビリでの実施となります
嚥下内視鏡(VE)や嚥下造影(VF)で上部食道括約筋の開大不全が確認された場合に適応が検討されます。
訓練の記録方法
継続的な記録は、体操の効果を確認するうえで重要です。
推奨する記録項目:
- 実施日・実施時間(分)
- 実施した体操の種類・回数
- 食事の様子(むせの回数・食事時間・摂取量)
- 体重
記録の活用:
- 月1回、言語聴覚士または管理栄養士に持参して共有する
- 体重減少や食事状況の変化を早期発見するための客観的記録として使用
言語聴覚士への相談タイミング
以下の場合は、早めに言語聴覚士または医師に相談してください。
- 訓練を1ヶ月続けてもむせの頻度が改善しない
- 発熱を繰り返している(誤嚥性肺炎の疑い)
- 体重が急に減った(1ヶ月で2kg以上)
- 食事摂取量が著しく低下した
- 声がかすれる・食後に痰が増えた
- 口を開けない・飲み込む動作が著しく遅くなった
言語聴覚士は**日本言語聴覚士協会(jslha.jp)**のウェブサイトで地域ごとの専門家を探すことができます。
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最終更新:2026年5月13日