介護施設でのIDDSI導入ガイド
なぜ食形態を標準化するのか
特別養護老人ホーム(特養)、介護老人保健施設(老健)、グループホーム、デイサービスなどの介護施設では、入居者・利用者の多くが何らかの嚥下困難を抱えています。施設内で食形態の基準が統一されていない場合、以下のリスクが生じます。
- 誤嚥・窒息事故:食形態が実際の嚥下能力と合っていない
- 転入・転所時の情報断絶:「刻み食」「ソフト食」の定義が施設ごとに異なる
- スタッフ間のばらつき:担当者によって提供する食形態が変わる
- 記録・評価の不整合:食形態の変更履歴が追えない
IDDSI(国際嚥下調整食標準化イニシアチブ)と嚥下調整食学会分類2021に基づいて食形態を標準化することで、これらのリスクを体系的に低減できます。
導入前の準備:現状把握
ステップ1:現在の食形態の棚卸し
施設で現在提供している食事の種類をすべて列挙し、それぞれがIDDSIのどのレベルに相当するかを確認します。
| 現在の呼称(例) | IDDSIレベル(推定) | 確認が必要な点 |
|---|---|---|
| 普通食 | Level 7 | カットサイズ、硬さの基準 |
| 軟食・柔らか食 | Level 6〜7 | フォークテストで押し潰せるか |
| 一口大食 | Level 6 | 1.5cm角以下か |
| 刻み食 | Level 5〜6 | 4mm以下か、水分コーティングはあるか |
| ミキサー食 | Level 3〜4 | 均一性、流れ落ちないか |
| ペースト食 | Level 4 | フォークテストの確認 |
| とろみ飲料 | Level 1〜4 | シリンジテストでの確認 |
重要:「刻み食」はIDDSIでは推奨されないことがあります。細かく刻んだ食物は口腔内でバラバラになりやすく、かえって誤嚥リスクを高める場合があります。Level 5(Minced & Moist)のように「細かく、かつ湿潤でまとまりがある」ことが重要です。
ステップ2:入居者の嚥下評価の確認
- 現在の嚥下評価記録(嚥下機能評価、VF/VE結果等)の有無と最終評価日を確認
- 嚥下困難のリスクが高い入居者をリストアップ(脳卒中既往、パーキンソン病、認知症進行例等)
- 言語聴覚士(ST)・管理栄養士(RD)の関与状況を把握
ステップ3:キーパーソンの選定
IDDSI導入を推進する「IDDSI推進担当者」を施設内に置くことを推奨します。
- 管理栄養士:献立への反映、食材・調製方法の標準化を主導
- 言語聴覚士(外部委託含む):入居者の嚥下評価、食形態決定に関与
- 看護師・介護福祉士リーダー:現場への展開と記録の徹底
導入ステップ
ステップ4:IDDSIスタッフ研修の実施
研修の内容(最低限)
- IDDSIフレームワークの概要(Level 0〜7)
- 学会分類2021との対応
- フォークテスト・シリンジテストの実技演習
- 各レベルの食事の調製方法・盛り付け見本
- 食形態の変更判断フロー(誰が、何を根拠に変更するか)
- 誤嚥・窒息時の緊急対応手順
研修の形式
- 新入職員向け:OJT + 実技チェックリスト
- 既存スタッフ向け:年1回以上の更新研修
- 調理スタッフ向け:食材ごとの調製基準書の整備
研修資料の入手先
- IDDSI公式ウェブサイト(www.iddsi.org):日本語版動画・資料が無料公開
- 日本摂食嚥下リハビリテーション学会(JSDR)公式サイト:学会分類2021の資料
- softmeal.org リソースページ:無料ダウンロード資料
ステップ5:献立・調製基準書の整備
献立への反映
- 全メニューにIDDSIレベルを明記する
- 同一メニューを複数レベルで提供する場合の調製手順書を作成
- とろみ飲料のレベル・量・とろみ剤の種類と量を記録
調製基準書のポイント
| 項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 食品名 | 食材名と使用量 |
| IDDSIレベル | Level 3〜7 |
| 調製方法 | 加熱時間、ミキサー時間、ゲル化剤量 |
| 品質確認方法 | フォークテスト基準、外観・温度 |
| とろみ剤 | 製品名、添加量(ml/100mlあたり) |
とろみ剤の選定と統一
施設内で使用するとろみ剤(増粘剤)を統一することで、濃度のばらつきを防ぎます。製品ごとに必要量が異なるため、使用する製品のIDDSIレベル別添加量一覧表を作成・掲示してください。
ステップ6:食形態の個別記録システムの整備
ケアプランへの組み込み
- 入居者ごとのIDDSIレベル(食事・飲料)をケアプランに明記
- 嚥下評価の根拠(EAT-10スコア、ST評価、VF/VE結果等)を記録
- 定期的な見直し時期(最低6か月ごと、状態変化時は随時)
食形態変更の記録フロー
状態変化の発見(介護士・看護師)
↓
看護師・リーダーへの報告
↓
嚥下スクリーニング(RSST・MWST等)
↓
必要に応じてST・医師への相談
↓
食形態変更の決定と記録
↓
調理スタッフ・全介護スタッフへの周知
↓
変更後のモニタリング(食事摂取量・咳・体重等)
申し送り・引き継ぎでの確認事項
- 入居者の食形態に変更がないか
- 食事中の様子(咳、むせ、残食、摂取時間)
- とろみ剤の在庫状況
ステップ7:誤嚥・窒息事故防止のための環境整備
食事介助の基本姿勢
- 座位で食事:可能な限り90度坐位(車いすの場合はフットレストを下ろし足底接地)
- 頸部は軽度前屈(あごを引いた姿勢)
- 介助者は入居者の視線の高さ、または少し下に位置する
- 一口量は少量(ティースプーン1杯程度)から始める
食事中の観察ポイント
- 咳・むせの頻度と程度
- 食後の声質(湿性嗄声:ゴロゴロ声)
- 疲労の様子(食事後半に集中力が低下していないか)
- 口腔内残留の有無
緊急対応マニュアルの整備
すべての介護スタッフが窒息対応(ハイムリック法・背部叩打法)を習得していることを確認してください。
介護保険制度との関連
栄養ケアマネジメント強化加算(2021年改定)
2021年の介護報酬改定において、特養・老健では「栄養ケアマネジメント強化加算」が新設され、以下が求められています。
- 管理栄養士が入居者全員の栄養状態・食形態を定期的に評価・記録すること
- 低栄養リスクの高い入居者には週1回以上の栄養管理を実施
IDDSIに基づく食形態評価・記録は、この加算の要件を満たすための実践的基盤となります。
科学的介護推進体制加算(LIFE)
LIFEへの情報提出において、食形態・嚥下機能のデータ登録が求められます。IDDSIレベルを用いた標準化された記録は、このデータ提出の精度向上にも寄与します。
よくある質問
Q:IDDSI導入にかかるコストは? A:IDDSI自体は無償のオープンフレームワークです。主なコストは研修時間・資料作成・シリンジなどの確認用品(低コスト)です。
Q:調理スタッフがIDDSIを覚えるのは難しいのでは? A:実技演習(フォークテスト・見本食の確認)を中心にすれば、多くのスタッフが短時間で習得できます。チェックリストと写真付き基準書の整備が鍵です。
Q:STが施設にいない場合は? A:訪問リハビリや外部委託STとの連携が可能です。地域の病院・クリニックのSTに年1〜2回の嚥下評価を依頼する施設も増えています。
Q:IDDSIと学会分類2021、どちらを使えばよいか? A:両者を併記・対応表で管理することが現在の日本標準です。院内・施設内の記録には学会分類2021を、転院・転所時の情報共有にはIDDSIを活用するハイブリッド運用が実用的です。
関連ページ
最終更新:2026年5月13日
免責事項:このページは一般的な教育情報の提供を目的としており、施設の安全管理に関する最終判断は施設管理者・医療専門家が行ってください。